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 〇二階堂紅美 「あ、(しき)姉。久しぶり。」  事務所から帰ると、珍しく織姉が来てた。  何やら、重苦しい雰囲気で父さんと母さんと三人で話してる。 「(たまき)さんは全然反対なし?」 「ええ…むしろ大賛成してる。」  母さんの問いかけに、織姉は無気力に答えてる。  あたしは、冷蔵庫を開けてビールを取り出すと、一気飲み。 「はーっ。おいし。」  一人で小さくそんなこと言ってると。 「紅美。」  父さんが、あたしを呼んだ。 「何。」 「何とかって木工所から、ギターができたって連絡があったぞ。」 「あっ、嬉しいなー。思ったより早かったな。」  もう一本ビールを持って、父さんの横に座る。  テーブルの上のクッキーを、ひとつまみ… 「……何、深刻な話?」  クッキーを手にしたまま、三人を見渡して言うと。 「海のこと。」  父さんが、あたしの手からクッキーを取って食べた。 「何。海君がどうかしたの?」  あたしは、新しいクッキーを取って口に入れる。 「アメリカに行きたいって…」  織姉の言葉に。 「ああ、やっと言ったんだ。」  あたしは即答。 「……」 「ん?」  三人が黙ってあたしを見つめるもんだから、あたしの動いてた口は止まる。 「海から何か聞いてたの?」  織姉が、あたしの目をまっすぐ見て言った。 「き…聞いてたって言うか…」 「なんて?」 「…アメリカアメリカって、しょっちゅう言ってたけど…」 「……」  三人は顔を見合わせて。 「他は?」  同時に問いかけた。 「ほ…他って…」 「仕事がイヤだとか…あいつが嫌いだとか…」  父さんが顔を近付ける。 「しっ仕事は好きだって言ってたよ。人の悪口も聞いたことない。でも…」 「でも?」  三人の生唾飲み込む音が聞こえそう。 「…失敗して落ち込んだり?自分に対する愚痴みたいなのは聞いてたけど…」 「……」  なぜか三人は顔を見合わせて黙ってしまった。  あたしはビールを開けて飲む。  一瞬のうちに、のど乾いたな。 「織姉、反対なの?」  あたしが問いかけると。 「…あまり、気が進まない。」  織姉は覇気のない声。 「どうして。」 「何考えてるのか、分からないんだもの。」  …うーん。  それって、みんな分からないんじゃないのかな。  そう思いながらも、あたしはビールを飲み進める。 「家族のことだって…海は今まで何一つ言った事がないのよ。」 「んー…まあ、昔から真面目でいい子でしかなかったな。反抗期もなかったし。」 「…泉みたいにわかりやすい子なら…」 「あ、心配ないんじゃない?」  織姉と父さんの会話に、入り込む。 「え?」 「海君、結構家族自慢してるよ。ホームルームの時もしゃべってたなあ。」 「…海が?」 「うん。アメリカの事は、ただ単に言いにくかったみたい。自分はここにいなくちゃいけないって、そんな意識があったみたいで。」  ビールを、もう一口。 「二階堂を背負って立つには今の自分じゃダメだから、向こうでもっと大きな仕事にも手をつけてみたいんだって。」 「…そんなこと言ってたの?」  織姉が、目を伏せる。 「うん。」 「二階堂を背負って立つのに…って?」 「だって、仕事も家族も大好きだって言ってたもん。」  あたしの言葉に、織姉はほんの少し涙ぐんで。 「…仕方ないな…行かせてやるか…」  って、笑ったのよ…。
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