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   今、思えばこの場所がすべての始まりだった。学園前駅構内、そこに設置されている二台のグランドピアノ。このピアノはストリートピアノと呼ばれ、音楽を通じて人と人をつなぐ目的を持っている。  人もまばらな正午過ぎの駅構内をゆっくりと歩いていく。制服の胸元に付けられたコサージュが揺れる。赤紫色の花。名前は分からないが綺麗だ。  午前中は卒業式だった。この制服を着るのも今日で最後。そしてこの駅に下りる日々も今日で終わり。二台のピアノの前に立ち尽くす。三年前の景色が鮮やかによみがえってくる。  奏でる一音、一音が、心と心が重なり合うあの光景が脳裏に焼き付いて離れない。揺れる黒髪が、「楽しかった!」と甘くかすれた声が、春風みたいに暖かな笑顔が忘れられないのだ。  椅子に腰を下ろす。52個の白鍵と36個の黒鍵が、演奏を今か今かと待ちわびているように思えた。適当に指を沈ませた白鍵がポロンと鳴る。その音はまるで、私の心から零れ落ちる寂しさのようだった。 ──ねぇ、先生、今どこにいるんですか? ──許してほしいなんて言わないから、許されなくていいから…… ──だから、どうか………… ──もう一度だけ先生に会いたい。  
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