茜色の手が白い百合に触れられたら

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茜色の手が白い百合に触れられたら

 秋に入っても尚、未だ夏の暑さが続く晴れた日、俺は古い友人に連れられて、遠い場所まで来ていた。  住宅街ばかりで目にする事も稀だった緑を堪能出来る。  見晴らしも良く、空が広く見渡せるこの景色を目に出来た時、感動を覚える人は多いのではないか。  しかし、俺はもう二度とこの場所に来る事は無いだろう。 * * *  数時間前まで清々しかった青空の下で、彼とばったり再会したのだが、「彼女の所へ行かないか」と彼から誘って来た。  特に何も付き合う道理も無い筈なのに、俺は何を思ったのか其れに乗った。  俺と彼は十年前までは“親友”の間柄だった。  当時、俺には付き合っていた彼女が居たのだが、彼が彼女を奪ってからは、二人共に関係も何もかも全て消えてしまった……。  線香の香りが、森の細道の奥から漂っている。  細道の奥へ奥へ進む毎に、その香りのする元へ近付いて行く。  其処には一つだけの墓石があり、墓石の左横には一輪の白い百合が添えられていた。  先程まで感じていた線香の香りが鼻の奥まで届いたが、先客が来ていて今まさに焚かれている訳でも無く、事後で残香が強く残っていた様だ。  彼が新しい線香を焚いて出来たこの香りは、気持ちをより複雑なモノにさせた。  墓石の右横にある墓誌に刻まれている文字は当然、亡くなった人の名前。俺の、そして一緒に居る彼も知っている名前だ。  ……三年前に彼女が交通事故で亡くなった事を知ると、俺は“悲しい”とか何の感情も抱く事は無かった。  関係はもう既に無くなっているのだから、他人事の様に何も思わなくなったのだろうか。  彼が“悲しい”と思って泣いたり、感情が麻痺して何も感じなくなっているか、彼の心の内が如何なっているのかは、知らない。  俺が知って彼に如何するのかなんて、何の関係かもとっくに無くなっているのに、誰にも分かった事じゃない。なら、俺は彼からそっと距離を置くべきだ。しかし…… 「……なぁ」 「ん?」  祈っていた彼の左手の小指は、墓の横に添えられていた白い百合に触れそうな距離にあった。  森の奥ではあったが、此処からは茜色の空がよく見えて、彼の手はその色に同化している様に見えた。  そしたら、彼の心の内を色で例えるなら、きっとそんな色をしているのではないかと思う。
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