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「……」  夕暮れのダリア。  熱も下がって仕事に復帰した日。  西野さんは、出張でいなかった。  だけど…デスクに電話があって。 『今日、仕事終わったら、ダリアで会えるかな…』  そう、言われた。  残業して待たせて、行かなければいい。なんて思ったけど。  こんな日に限って、仕事が早く終わる。 「体調管理も仕事のうちよ。」  目の前で、椎名さんが言った。  …どうして、この人までいるの?  それだけで泣きそうになった。  あたしと西野さんの問題じゃないの?  それとも、もう西野さんと椎名さんは始まってて、あたしは単なる邪魔者? 「この前、ハッキリしない内に、あなた帰ったから。今日はハッキリさせようと思って。」 「…あたしと西野さんだけで、話させてもらえませんか?」  あたしが思い切ってそう言うと、椎名さんは舌打ちでもしそうな形相であたしを見た。  あんなに憧れてたのに…  イメージ変わっちゃったな。  椎名さんが無言で席を立って。  あたしと西野さんは、二人きりになった。  何をどう…切り出そう。 「椎名さんと…付き合うんですか?」  うつむき加減で問いかける。  西野さんは、あたしから見ると大人で頼り甲斐があって…って思ってたけど。  椎名さんと居ると、それも作り物だったのかなって感じてしまった。  それとも、あたしが勝手にそう思い込んでたのかな… 「咲華には…本当に…悪いと思ってる。」 「マンションだって…見に行ったのに…」 「…家柄も違い過ぎるんだよ。」 「え?」 「だって、やっぱりさ…ほら、お嬢様だし…」 「……」  やっと顔を上げれたけど。  正面から見た西野さんの顔、こんな顔だったのかなって思ってしまった。 「それが、少し重荷でもあったんだ。」 「重荷って…」 「だってさ、咲華んちのお父さん、厳しかっただろ?デートしてても…なんかこう…門限の事気になって楽しめなかったって言うか…」 「そんなの…」 「やっぱり、うちみたいに奔放な家とは…合わないよ。」  あたしと別れたい理由を、門限や家柄の事にされてる気がする。  あたし、こんな人のこと信じて今日まで…  頭の中で、聖の言葉を思い出す。  仕返し…  ううん、見返してやりたい… 「あ…あたし…」  気付いたら、言葉にしてしまってた。 「え?」 「あたしも、そう思ってました。」  まっすぐに、西野さんを見る。 「それに、あたしだって、西野さん以外の人と会ったりしてたし。」  あたしがそう言いきると、西野さんはポカンとしたあと。 「冗談だよな?おまえにそんな事できるわけないよ。それに、どうせあれだろ?親のコネで業界人と会ってたくらいのことだろ?」  って、鼻で笑った。 「ち…違う。その人は、親とは関係ないの。とても素敵な人よ。今日も、これから会う約束してるの。」  あたしったら…何言ってるんだろ。 「…へえ、ぜひ会ってみたいね。」 「ど…うして?西野さんには関係ないじゃない。別れるんだから。」 「いや、咲華をお願いしますって言わないとな。会わせてくれよ。」 「なっ…」  ニヤニヤしてる。  あたしの嘘なんて、お見通しって顔。  ああ…あたしにもっと演技力があれば… 「もういいかしら?」  遠巻きに見ていた椎名さんが戻って来て。 「あの事は言ったの?」  小声で、西野さんに何か言ってる。 「…いや…」 「あたし達、結婚するの。」  西野さんが口ごもってる隣で、椎名さんがキッパリと言った。 「……結婚?」 「ええ。あなたも式には是非、同僚として出席してね。」 「……」  目の前が真っ暗になりそうだった。  その瞬間… 「まだかよ、咲華。」  ふいに、後ろから名前を呼ばれた。  西野さんと椎名さんが、眉間にしわを寄せた。  ゆっくり後ろを振り返ると。 「こいつ?おまえを捨てるって男。」  ……誰?  黒のスーツに、サングラス。  身長は西野さんよりずっと高くて… 「おまえ…咲華の何だ…?」  西野さんがうわずった声でその人を見上げる。 「何でしょうね。あなたよりは、深い関係かもしれません。」  あ。 「し…」 「早く用件すましちまえよ。今日は家に行く約束だろ?」  あたしの言葉を遮って、彼は続けた。 「今日こそ親父さんを口説くぞ。」 「…何言ってるの。」  笑ってしまう。  これが演技だとしても…ちょっとドキドキしてしまった。  サングラスを、はずす。  その目を見て、少し安心した。 「あ、ご結婚されるそうで。おめでとうございます。」  西野さんの隣にいる椎名さんが、何度も瞬きをして彼を見る。 「あ…結婚は…その、するって言うか…」 「なっ何言ってんだよ。」 「だって、ちょっと…」  椎名さん、目がうるうるしてる。 「なんなんだよ!!」  西野さんが、わなわなと震えて、握りこぶしを作って立ち上がった。 「やっやめて!この人、色んな武道の有段者よ?」  あたしがそう言うと、西野さんは一瞬身構えて。 「…目障りだ。どっか行けよ。」  ぶっきらぼうに言って、座った。 「じゃ、失礼しよう。」  彼はニッコリ笑うと、あたしの手を取った。  …少しだけ、すっとしたような感じ…  二人の視線を背中に受けながら。  あたしたちは、外に出た。
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