リハーサル

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リハーサル

【WINGS×Bonds(柏木あきら著/スマッシュヒット寄稿作品)】 銀色のチューブから練り出される甘い香り。メイク担当の女性が恐る恐る美少年の唇に塗りつけていく。つんと突き出した十八歳のみずみずしい口元は、横から見ても正面から見ても美しい。 その場でカメラチェックをしていた監督の男性は、ほうと顎髭に手を伸ばした。 「あれが……ロックバンドの……ピアニスト? モデルでなく?」 「そうですよ。とんでもない逸材でしょ」 ワックスで軽く整えた柔らかい金髪が風になびく度、気だるそうな切れ長の瞳が黄金に光る。色素の薄いそれは白い肌に溶け込み、蜂蜜色の新製品と同化していく。 「甘ったるい匂い……」 「光くん、この香りは苦手だった?」 「……別に」 高見優一から気さくに話しかけられ、金髪の美少年はむっとした口元を崩さないままそっけなく答えた。目の前ではメイク担当の女性が、ピンと伸ばした彼の細長い指を両手で包み、クリームを丁寧に塗り込んでいる。 「男女問わず使える通年アイテムにしたくてね。君のような指先を酷使する業界人からみた使用感も知りたいから、あとで教えてくれるかい」 「…………はい」 「勝行くんも。男の子目線のレビューが欲しいな」 「あ、はい。承知しました。今、ですか?」 金髪美少年と背合わせに座り、彼と同じようにリップを塗られていた黒髪の青年は、まだ少し幼さの残る丸い目を向けて高見を振り返った。どこまでも生真面目で実直なオーラが漂っている。 「いや今すぐじゃなくていいから。あと《マスカットアップル》と《ラブリーチェリー》ってのがあるんだけど、こっちに変えてもいいよ」 高見が笑顔でグリーンラベルとピンクラベルのボトルを両手に掲げると、同時に眉をひそめた二人は「うーわ、甘そう」と声に出した。その飾らない子どもじみた様子がどっと場内の笑いを誘い、王宮の控室並みだった緊張感をほぐしていく。 お互いの香りを手を取り「これは蜂蜜だよな」「メイプルとは違うのか」と真剣に議論する二人のタレントを見つめながら、スタッフ一同は本日何度目ともわからないため息をついた。 ――絵になる。非常に、美しい。 さっきまで固い表情しか見せなかった人形のような美少年が、傍に来た黒髪青年に頬を撫でられた途端、穏やかに目を伏せ口元を緩ませた。その背からは掃き出し窓の明かりが差し込み、お伽話に出てくる姫と王子のキスシーンのようなシルエットを演出する。 黒髪青年の唇にすんと鼻を寄せ、その甘い香りを確かめた金髪美少年は、再び低反発クッションのスツールに座り直し、柔らかな笑みを零した。 「なんか、パンケーキみたいだな。うまそうな匂い」 腹が空いたのだろうか。自分の親指を口の端に充てながらぺろりと舌を出す。 その仕草に、全人類が――いや失礼、全関係者の心臓が撃ち抜かれた。阿鼻叫喚のような奇声をあげるスタッフたちを前に、少年は戸惑いながら問いかけた。 「これ……舐めたら、ダメだった……?」
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