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一.
今年の夏休みは東京の康明叔父さんの所へ行くことになっていた。
ただし、東京といっても僕の住んでいる浜松より遥かにド田舎の山深い奥多摩であり、叔父さんと言ってもまだ三十一歳独身、元不良感が抜け切らない短く刈り上げた金髪とサングラスがトレードマークの、中学一年の僕には少し怖くもあり少し憧れでもある、かっこいい兄貴みたいな存在だった。
「いいか、あいつは根は悪いやつじゃないけど時々回りを巻き込んだ無茶をするからな。何か妙なことに誘われても危ないと思ったら着いて行くなよ」
康明叔父さんの兄である僕の父さんが出発前に何度もそう言っていたが、初めての一人旅に浮かれ気味でもあったため、僕は空返事をして駅まで走った。
新幹線で一気に東京駅まで辿り着き、中央線に乗り換えて立川へ、さらに青梅線で終点の奥多摩駅へと向かう車窓からの景色は、静岡の海沿いを長いトンネルを何度も走り抜けながら恐るべき大都会へと変貌した後、今度は視界を埋め尽くす高層ビルが少しずつ高さも数も減らし、最終的に四方を山に囲まれるという、なかなかに刺激的なものだった。
コンビニも見当たらない駅前の小さなバスターミナルで辺りを見回していると、遠くから低く重たいエンジン音が届き始め、片側一車線の広くも無い駅前通りを、ひやりとするようなスピードで現れた一台の車高の低いスポーツカーが、黒いボディを夏の日差しに光らせながら僕の目の前ぎりぎりにぐいっと横付けして停車した。
スモークで車内が見えない助手席の窓が開くと、ぐにゃぐにゃとした金属音を規則的なリズムを刻む重低音で無理矢理押し流しているようなよくわからない機械的な音楽の中から、
「おぅ、泰斗。よく一人で来れたな」
サングラス越しに康明叔父さんが笑い掛けてきた。
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