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僕とひまわり
ひまわり畑を通り過ぎると、僕は車を降りた。
「じゃあ、また後で」
僕はそう言うと、家族と別れて一人であの子に逢いに行った。
車内では聞こえなかった蝉の声と、歩く度にカラカラと鳴るドロップ飴の缶の音が響いている。
今年はひまわりの花を用意した。確か、あの子はひまわりが大好きだった気がする。
そう言えば、聞いたっけ……。なんでひまわりが好きなのか。僕は立ち止まって考えた。
……思い出せない。いつも僕に笑い掛けてくれる笑顔は、ひまわりの様に明るかった様な気がする。
そう言えば、何をして遊んだんだっけ。笑っていたのは、いつまでだった? あの子はどんな顔だった? どんな声だった?
思い出せない。思い出したいのに、思い出せない。でも、忘れてはいない。
僕はもう、あの頃の夏への扉を開ける事は出来ないのだろうか。こんなに重たい扉だったっけ?
僕は、大切な何かを忘れて行く事が急に怖くなって、あの子の元へ走り出した。それが何かも分からずに走り出した。
蝉の声と線香の香りが濃くなっていく。近付くに連れて増して来る懐かしさは、あの頃の記憶がよみがえって来たからだろうか。
それとも、去年と同じ景色のせいだろうか。
カラカラと、激しく鳴り響くドロップ飴の缶の音。その先に、あの子はいる。
しかし、本当にいるのだろうか。僕を待っているのだろうか。そして、僕は本当にあの子に逢いたいのだろうか。
──僕達は、また逢えるのだろうか。
あの子は待っていた。夏空の下に一人で佇む姿を見て、僕は何かを思い出しかけた。
とりあえず、ひまわりだ。僕はそう思って、あの子の周りにひまわりを飾ると、あの子の面影を思い出した。
満開のひまわりが、僕を見ている。あの子の様に、明るい表情で僕を見ている。
僕は、込み上げて来る何かを感じた。そして、それを誤魔化したくて水を汲みに走り出した。
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