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第一章 望月の虚ろなる口より吐かれる嘘も真実なりや
このように激動に揺れる内裏に一人の女が戻ってきた。この騒動が起こっていた間、実家に帰っていた女官である。その名は
清少納言。彼女は貴族の中でも最高歌人とされる三十六歌仙の内の一人、清原元輔の娘である。この威光と経歴を活かして、中三谷定子の女房として採用されたのだった。
女房。身分の高い女官、貴族の侍女。
清少納言は中三谷定子が曹司の窓にて虚ろなる目でどこか虚空を眺めている姿を見て心配になった。兄が島流しの憂き目に遭い、自分までもが変な目で見られているとなれば心を病むのも仕方ないかと考えるのであった。
騒動が起こっている間、実家に身を寄せていた清少納言は事情を流言飛語でしか知らない。彼女はまず実際の現場である内裏にて情報を集めることにするのであった。
まずは証言を集めなくては…… 清少納言はかねてより草子に日頃の出来事を認めていた。その草子の冊数、身を預ければ枕になるほどに大量であった。
普段は「春はあけぼの」「夏はこにしき」「秋はむさしまる」「冬はたかみやま」やら、
「小さいものは可愛い」「鷺は見た目があはれで嫌い、鶯はめったに鳴かないから嫌い、鸚鵡は人の声を真似することしかできない哀れなるものや(見たことはない)」
「元旦那が今更可愛く思えてきた」
「眉毛を抜く毛抜きは鉄に限る」
「紫の上の旦那は今日も内裏に似つかわしくない派手なお召し物でらっしゃる」「紫の上の文には友達と会えなくて寂しいとか書かれているが、あのような人様の悪口を日記に書き留めるような方に友達なんているのかしら? あの方の歌も友達がすぐに帰ってしまって寂しいとのことだけど、悪口を書かれたくないから付き合いをお控えになっているだけじゃないかしら」などなど…… と、書き留めているのだが、
今回はその日記を控え、今回の伊州失脚に関する情報を書き留める検非違使手帳(警察手帳、推理草子)とするのであった。
伊州様が本当に厭物を大鏡子様の寝室の板敷に仕込んだのだろうか?
清少納言はそれを調べるために大鏡子の寝室へと向かうのであった。
大鏡子の寝室は内裏の北東に位置する。そもそも、大鏡子様の見舞いにも行っていない…… 一度ぐらいは顔を出しておかなければ。彼女が長い渡殿を歩いていると、正面より一人の貴公子が歩いてきた。
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