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ある日のこと、大鏡子は御華門の元をお訪ねになられた。昼の御座(ひのおまし)にて母子二人が向き合う形となる。時間は草木も眠る丑三つ時、舎人や蔵人始め、下々の従者にも聞かれたくない話がある時に選ばれる時間である。
「これ、瑠美音(るみね 御華門の真名)や、今日は頼みがあって参った」
御華門は畏まりながらも大鏡子に軽く注意を促す。
「ぼく…… いや、朕は御華門であるぞ。いくら母上であろうとこの辺りのけじめはつけて頂かなければ」
「母にとっては瑠美音は瑠美音じゃて、瞼を閉じれば思い出す…… そなたが生まれた時には美しく産声を上げたものじゃ、その産声は王(先々代の御華門)をその場に留める程に美しいものであり……」
「その話を聞くのは今回で千五百を超えます。お戯れも……」
「母にとっては一生忘れない日であるぞ。そなたにとっては一夜の相手かもしれんが、その一夜の相手は命をかけてそなたの子を生むのであるぞ。その日は女にとっては人生最良の日であるぞ。母が極楽浄土に召されるその日まで一時たりとも忘れぬぞ」
また始まった…… 自らが生まれた日のことを聞くのは正直照れくさい……
御華門は話を打ち切ることになられたのだった。
「わかりましたわかりました、それで、頼みと言うのは」
「話を打ち切りおったか…… まぁ良い。頼みと言うのはな、関白のことじゃ」
「朕としては…… 伊州を関白にしようかと」
「ならん! ならぬぞえ! あの男はまだ若い! 政の経験も未熟! 未熟者に任せれば人心は麻のように乱れに乱れるぞえな!」
御華門はただ弟の道永を関白にしたいだけだという大鏡子の腹心算を見抜いていた。しかし、生みの母である故にそれを言うことも出来ない。
「官位も伊州の方が上……」
「父の威光で得たものであろう! 官位と実力は比例するものではない!」
「我が妻(定子)の兄でもあるし……」
「妻の兄だからと言って人事を決めてはいかんぞえ! 同族で政を回すとなると変な目で見るものがおるぞえ!」
とは言うが…… 道永も娘の中三谷彰子(なかみやの あきこ)を正妻(定子とは同格)として嫁に出している為に御華門にとっては直接の叔父である。尚、どちらに決まろうと藤原の一族が政に深く関わるのに変わりはない。
いずれにせよ、同族で政を回すことになる。
ちなみに中三谷とは御華門の正妻に与えられる称号で苗字である。本来ならば一人だけなのだが、道永が自らの娘の彰子を御華門の正妻とするために、長兄である通宝に何度も何度も頭を下げて強引に二人にさせたものである。
「伊州なぞ単なる親の七光り! 道永は我が父周家の威光もなしに月見草のように黙々と政を学んでいた! そなたを支えるには一番適切たる者!」
威光もなしに頑張った。とは言うが、五男ゆえにあまり構われなかったと言う方が正解である。ものは言いよう、修飾語次第で素晴らしい物のように聞こえるのは不思議としか言いようがない。
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