序章

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大鏡子は袖の中より印が刻まれた護符を一枚出した。そこには見慣れない印が刻まれている。それはLの字を逆にしたような形をしていた。 「ラーグ…… だったかな? 御華門争ひの際、我が屋敷が放火されたことは覚えておるか?」 「ええ、痛ましい事件でした。確か、皇位継承権持ちの他の皇子が瑠美音様を脱落させるためにやったとか」 「酷きことよ、あれから呪詛は飛ばされるわ、闇討ちに遭うわ、生きた心地がせんかったわいなぁ」 「脱落狙いと言うよりは命の奪い合いでしたよね……」 「後継者争いと言うのはまことに恐ろしきもの。あの陰陽師がおらんかったら、瑠美音は脱落、我々も御華門の親族にはなれずに今頃は冷や飯食いぞえ」 「あの男ですか…… (まつりごと)に介入しないのか、興味が無いのか」 「これはあの陰陽師が『お屋敷が燃やされたら困るでしょう、ふふふ』とか言って授けてくれた護符じゃ、この護符、不思議なことに妾が念じるだけで湯水のように水が湧いてくる。火事にならん懸守ならいくらでもあるが…… みぃんな神官や坊主が念じただけの気休め程度の代物じゃ、しかし、この護符は本物…… なにせ水が湧き出るんだからの。しかも、呪詛も全て水に流す効果があるとな。妾は御華門にとっての踵の筋(アキレス腱)のようなもの、守護(まも)りは硬いにこしたことはない」 「このような小さな護符で出る水など僅かでございましょう。こんな物で呪詛が防げるとは馬鹿馬鹿しい」 「大内裏の池が枯れた時にこの護符に念じたら瞬く間に満杯にしおったぞ……」 「逆に怖すぎやしませんか…… 姉上」 道永はこの護符の能力を単なる水が出るだけの下らないものだと考えていた。呪詛を水に流す効果などはあり得るはずがないと右から左に流していた。 「妾としては瑠美音に心安くしてくれておるだけでこの上ない安心を覚えておる。外つ国の外法の術だろうと、我々に牙を向くことがないのが分かっておるでの。怖さは不思議とない」 大鏡子はラーグの護符を袖に入れてスッと立ち上がった。 「姉上、お帰りですか」 「ええ、こんな夜更けに弟に会いに行ったが知られれば変な噂が立つでな。今日はこれだけ言いに来ただけなし。これよりの内覧の役目、しかりと果たすぞえな」 道永は大鏡子に深く深く頭を下げて最敬礼で見送るのであった。
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