序章

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 内覧となった道永は(まつりごと)の実権を握るに至った。それから間もなくに大納言から左大臣に急昇格。官位を超された伊州も道永に対する恨みと嫉妬を深く持つようになるのであった。 内裏の渡殿(廊下)にて道永と伊州がすれ違った時のこと、伊州は道永に吐き捨てた。 「どんな寝技を使われたのです」 道永は眉一つ動かさずに天を見つめながら冷静に返す。 「知らぬな、天が私を見てくださっただけでしょう」 伊州はその一言で「誰か」に御華門に口添えを頼んだと察した。それがまさか自分の叔母とは考えもしない。 叔父と甥の確執はより激しくなるばかり…… (まつりごと)の公家会議は(いくさ)も同然、従者同士の殴り合いが殺し合いに発展し、護衛が公家会議の際に毎回命を散らすのであった。 実質、権力争いに負けた伊州は荒れに荒れた。貴公子の名声は何処へやら…… いい女官がいると聞けば垣間見(のぞき)を繰り返しては、夜這いを繰り返す毎日。歩く下半身の浮名を流すようになっていた。 妹であり御華門の正妻の中三谷定子も「兄上、いい加減にしてくださいませ」と、窘めるが、権力を失った男の耳には届かない。 そんな中、伊州は「オキニ」の娘を見出し、熱心にその娘の屋敷、元左大臣の屋敷に通い詰めていた。 その「オキニ」の娘は元左大臣の姫で、名は峰不二の君。見目の麗しい京の都一番の美人だと専らの評判である。同じ屋敷には増山の君という名の峰不二の君と声がよく似た姫がいた。 その増山の君を心から愛する男がいた、檜山教王(ひやまのきょうおう)、先代の御華門である。御華門を譲位した後は仏門に入り、悠々自適と暮らしている。増山の君もまんざらではないようで檜山教王を受け入れているのであった。しかし、仏門に入っている以上は表沙汰に出来ない男女の関係のために「おしのび」と言う形を取っている。 その「おしのび」の現場を伊州が目撃してしまったものだから、サァ大変。伊州の中に嫉妬の炎が燃え上がる。峰不二の君はこの世の誰であろうと渡したくない! と、勘違いをしてしまった。ちょいと脅しをかければ元左大臣の屋敷には来なくなるだろうと考えた伊州は得意の弓で脅しをかけようとした。ちょいと軽く威嚇射撃をするつもりだったのである。 伊州の放った矢は檜山教王の烏帽子に刺さり跳ね飛ばし、坊主頭を晒すことになってしまった。 「おのれ! おのれ! 我に矢を放つことは御華門に弓引く行為! 許してはおかぬぅ!」 檜山教王は内裏へと向かい、伊州に弓を放たれたことを御華門に報告、さすがに義理の兄と言えど庇いきれない。直様に検非違使を派遣しての捕縛に至った。 その報を耳に入れた中三谷定子も「何やってるんだあの莫迦梵梵!」とさすがに怒鳴ったと言う。親族であろうと擁護のしようがない。 しかし、これが公に出ることになれば仏門に入ったはずの檜山教王の「おしのび」までもが公の場に出ることになってしまう。これは「恥」であるとして、この事実そのものが闇に消されようとしていた…… このままでは檜山教王に弓を放ったことがお咎め無しになってしまう。 このお陰か伊州は検非違使より開放されて、普段の生活に戻る。 これはさすがに許されないと考える男がいた。 道永である。確かに伊州との権力争いには勝った。しかし、何かと噛み付いてくる伊州を心の底から鬱陶しいと考えていた。ここで「トドメ」を刺す方法はないかと考えているのであった。
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