序章

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 そんな中、道永に「知らせ」が入る。大鏡子が体調不良で床に伏せるようになったのである。 「姉上の体調が悪い?」 「最近、体が怠いそうで…… 一日中横になっておいでです。御華門も『こんな時に何をしているのだ!』と、大層伊州様にお怒りのご様子でした」と、舎人。 「時に、医師(くすし)はどう看ておいでだ?」 「全く以て原因不明、祈祷師の祈祷も効果が無く……」 「本当に治せる祈祷が出来る者なぞ、あいつしかおらんわ…… それ以外は単なる気休め程度よ」 「あの…… なにか?」 「独り言だ、気にするな」 「はぁ……」 「にして、病状は?」 「体が怠いのは勿論、目は霞むわ、鼻水は出るわ、奥歯が痛み夜も眠れなくなるわ、米もいつもの盛り飯は喉が通らずに粥にしないと喉が通らないと……」 歳をとって風邪が長引いておるだけではないか、姉上も人騒がせな。道永は杞憂だと思うのであった。しかし、それすらも利用する手を瞬時に考えつくのであった。 「志能備(しのび)を呼べ、ちぃーとばかし京の都に噂を流してもらおう」 「如何様(いかよう)に……」 「そうだな…… 呪詛を無理矢理命じられた、けしからん寺があるようだ。後、姉上の寝室の板敷から厭物(まじもの)が出てくるやもしれんなぁ」 「厭物の調達ですがどうしましょうか? 陰陽寮の蘆屋道満に頼みましょうか? それとも朱雀通りの西京院万象とか言う陰陽師の恥晒しから……」 厭物。特定個人を呪うための人形、木札型や紙札や粘土など種類は様々。陰陽師や祈祷師が呪詛を飛ばす際に好んで遣う。相手の体の一部(髪の毛、爪、血など)があれば出来る簡単な呪いで「脅し」「嫌がらせ」として一般的(ポピュラー)な手段である。 舎人としては真実味(リアリティ)を与える為の提案である、道永はその提案を聞いて寒気を覚えた。特に後者の名前が出た瞬間にこの上ない寒気を覚える。 「莫迦か! 本当に厭物を置けば姉上が死んでしまうではないか! 噂を流すだけでよいのだ!」 本当に厭物を使うことはあり得ない。蘆屋道満はともかくとして西京院万象だ…… あいつに冗談でもこんなことを頼めばこちらの身が危うい。道永は舎人に厳しく厭物の使用を禁じるのであった。 「人と言うのは愚かなものだ、誰が流したかも分からない確証の無い話でも信ずるものだ、志能備はそれを術にしておる。確か流言飛語の術とか口車の術とか言ったはずだ。いけ!」
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