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いい天気だ。三階の窓からは、公園とマンションの境にある大きな木が、気持ち良さそうに風に葉をそよがせているのが見える。万知の住むマンションは、三階立ての低層マンションだ。
「万知のほうが家にいる時間が長いからね。自然が残るここは、万知に最適だと思う」
緑は精神にいい状態をもたらすと言って、陽治は内覧で即決した。タワーマンションが林立する駅前とは違い、緑豊かで、万知もここをとても気に入った。
幸せな記憶だった。
万知は、薄ら黒く渦巻く形のない胸の奥の何かを、吐き出すように息をつくと、止まった洗濯機から洗濯ものを出し、ベランダに干した。二人分の洗濯ものは、あっという間に干し終わった。弁当を詰めて、陽治の朝食を皿に並べてラップをかけた。もうここからは、万知の時間だ。
手早く化粧を終えると、自分の弁当をバッグにしまい、そっと寝室のドアを開けた。
「陽治、行ってくるね。陽治のお弁当も朝ご飯も、冷蔵庫に入ってるよ」
万知に向ける背中はピクリともせず、反応はない。寝ているのか起きているのかすら、分からない。いつものことだった。
「行ってきます」
物音一つしない寝室のドアを閉めた。
万知は悲しい気持ちをぐっと奥に押し込めて、玄関の鍵をかけた。パートの仕事なんて、しないほうがよかったのかもしれない。頬を両手で叩くと、万知は晴れた空に顔をしかめた。
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