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今日は大阪のオフィスで十時からミーティングだ。雅知はまだ外も暗い五時に目を覚ますと、となりに眠る薫を気遣うようにベッドを抜けた。
昨夜も薫は帰りが遅かった。起きて待っていたせいで、寝不足な雅知の頭を、締めつけられるような痛みが襲う。
「おはよう、雅知」
こめかみを押さえる雅知を、キッチンに立つ母は心配そうに見つめた。
「薫ちゃんは? 昨日も遅かったんでしょう」
「おはよう母さん」
特に薫のことには触れなかった。母が、薫に不満を持っていることを雅知は分かっていた。結婚当初は仲良くやっていたのに、いつからから、二人の間に摩擦が生じるようになった。顕著になったのは、薫が陽治の営むデザイン事務所で働き出してからだった。
以前、実家で万知夫婦と食事をしたとき、薫が働きに出たがっていると、雅知は話をした。陽治は、自分の事務所で事務のアルバイトを募集しているからどうかと、薫に勧めた。ここのところ不機嫌で笑顔を見せなかった薫が、目を輝かせて陽治の話に耳を傾けていた。
久しぶりに見たイキイキとした薫の表情に、雅知は心の底から喜びが沸き上がるのを感じた。陽治の事務所に通い、楽しそうに働く薫の顔を見るのは嬉しかった。
薫が不機嫌な理由は自分にある。
だから、ときどき自分のものでも薫のものでもない、知らない香りが薫から漂ってきても、我慢できた。
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