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出張の多い雅知は、薫を一人にすることが不安で、母との同居を決めた。母といれば気も紛れるだろうし、何かあれば姉夫婦も飛んでこれる距離だ。結婚して二年間は、それなりに上手くやっていた。
結婚三年目にはいった昨年のことだ。
「ねえ、まさくん。私ね、不妊治療を受けようと思うの」
万知同様、結婚と同時に仕事を辞めて、専業主婦になった薫は、結婚当初から子どもを欲しがっていた。
「必要ないよ」
「でも、私たち結婚してからほとんど避妊していないのに、赤ちゃんできないんだよ?」
「薫は、まだ若いじゃないか」
まだ薫は二十代だ。焦る必要もないと思った。それよりも、明日も早い。雅知は、早く眠りたかった。
「そんなこと言ってたら、すぐにおばさんになる」
必死に訴える顔も可愛いと思った。
四つ年下の薫と知り合ったのは、職場だった。派遣社員としてやってきた薫を、雅知は可愛いと思った。でも、こんなに可愛らしい女性が、自分を相手にするわけない。華やかな薫を見て、それ以上は関わらないようにしていた。
それなのに、あるときから、薫の怒濤のアタックを受けるようになった。同期の中では一番の出世頭で、同年代の会社員に比べれば、収入も良いほうだ。女子社員たちは、お金目当てだと噂していたらしいが、雅知はそれでも別にいいと思った。大人しくて地味な自分が、こんなに艶やかな女性に好かれるなど、この先もう二度とないだろう。
思い余ってしたプロポーズは成功し、薫は雅知のものとなった。人生の運をすべて使い果たしたようにも思えたが、幸せだった。
「ごめん、薫。今は仕事が忙しくて大変なんだ。もう少し落ち着いたら、また話そう」
こんなとき、抱きしめてキスをすれば、薫は落ち着いた。その夜も、そうなるはずだった。疲れているけれど、セックスすれば大丈夫だろうと思った。
「もういい」
抱きしめる雅知の腕を振り払うと、薫は雅知に背中を向けてベッドに横になった。
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