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不妊治療など、する必要はないと考える以前に、雅知は、不妊治療とはどんなものなのか知らなかった。薫が切望するそれがどんなものなのか気になり、ネットで調べた。
男性の検査よりも、女性の検査項目が多く、どうしたって女性に負担がかかることを知り、雅知はひどく驚いた。治療にしても、女性側の身体的精神的負担が大きい。
雅知は、薫には内緒で精液検査を受けることにした。これで雅知が正常だと診断が出れば、この二人きりでもいいじゃないかと、薫がいれば十分だと、不妊治療はしない方向にもっていこうと思っていた。
もし万が一薫に原因があったら、母になんて言われるか分かったものではない。
薫さえいればいい。心の底から、そう思っていた。
その日は朝から嫌な天気だった。しとしと雨が降り、ジメッとしていた。例年よりも長引く夏が、秋雨をより不快にしていた。
結果を聞くため、雅知は会社から離れた産婦人科を訪れていた。仕事が詰まり、聞きに来るのがだいぶ遅くなった。このあとも、会議があるから早く戻らなくてはいけない。
毎年受けている健康診断は、いつもAだった。『問題なし』。それを確かめるためにわざわざ産婦人科を訪れるのは、本音を言えば億劫だった。
医師は開口一番、精子無力症と雅知に告げた。原因は不明だが、精子の運動性が一般的な男性と比べて低いらしい。自然妊娠は難しいかもしれないが、不可能ではないと、淡々と話したあと「次は奥さんも一緒に来るように」そう言って、診察は終わった。
――運動無力症、俺が?
しばらく、何も考えられなかった。精子無力症の場合、事前に精子を採取して、良好なものを排卵に合わせて子宮に注入する方法が一般的だ。
薫の腕に赤ん坊を抱かせてあげるためには、薫にも治療を強いなければならない。雅知は、普通の営みだけでは、赤ちゃんを作ることができない。
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