3.転機

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 雅知が結婚してすぐ、雅知と薫と母と四人で温泉に行ったことがあった。有名な温泉地の料理の美味しい旅館を陽治が予約してくれた。本当は陽治も行くはずだったが、急な仕事が入り、四人で行くことになったのだ。  美肌で有名な温泉は、少し熱めだった。三人で温泉につかっていると、だんだんと薫の顔が真っ赤になってきた。母は薫にお湯から出るように勧めた。  母と万知に気を使ったのか、もう少し入っていたいと薫は言ったが、母は許さなかった。 「そんなに赤い顔をしてたら、お母さんが雅知に叱られるよ。早く出て、冷たいものでも飲んで部屋で涼んでなさい」薫は渋々と風呂から上がった。  薫が出たあと、どこかで倒れていないかと万知は心配になった。やっぱり自分も一緒に出ればよかったと、後悔した。  自分たちも早く出ようと、万知は母を急かしたが、大丈夫よと母はのんびりしている。なぜ、心配にならないのか、万知は軽く憤りを感じながら、母の手を引いて風呂から上がった。 「大丈夫よ」  母はやはりのんびりと歩いている。  どこかで薫が倒れていないか、万知は視線を配りながら部屋まで戻ってきた。となりの雅知たちの部屋をノックして、そっとドアを開けた。テレビの音も話し声もしない。 「雅知?」  万知は声をかけて襖をゆっくりと開けた。  薫は雅知の膝の上で眠っていた。フロントで借りたのか、雅知は薫をうちわでゆっくりと扇いでいた。  柔らかに当たる風と雅知の温もりで、薫は気持ちよくて眠ってしまったのだろう。雅知は微笑むと、唇に人差し指を立てた。  温かく優しい気持ちが万知の胸の中に広がった。    万知はそっと襖を閉めると、母を振り返った。でしょう? といわんばかりの得意顔で母が笑っていた。  あの頃は母と薫も仲がよかった。いつから二人は、いがみ合うようになったのだろう。お茶飲む母の顔を万知は横目で見ると、人知れずため息をついたのだった。
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