3.転機

4/11

1309人が本棚に入れています
本棚に追加
/92ページ
「俺の事務所さ、この間事務のパートさんが辞めちゃったんだよ。薫ちゃん、よければどう? そんなに難しい仕事じゃないから」  名案を思いついたと言わんばかりに顔を輝かせた陽治が、テーブルに乗りだした。万知は耳を疑った。  万知が働きたいと言っても、陽治は決して首を縦に振らなかった。「万知が働くなんて、今さら無理だよ」「こんなに長い間家にいたら、社会復帰は難しいよ。疲れてストレスで身体を壊すかもしれない。万知は家にいればいいよ」「いいかい、万知。君は一人じゃ何もできないんだ。万知のことは俺が守るよ」幾度となくそう言われ、万知の心の中では当たり前のように、諦めの気持ちが根を張って占領していた。  陽治の提案に目を輝かす薫を見ていたら、万知の心にしばらく出現しなかった感情が、むくりと顔を出した。反抗心だ。 「陽治、私も働きたい」  万知の口から、思いがけず飛び出した本音に、一番驚いたのは万知だった。それでも、一度口にしたらもう止まらない。 「私もお仕事したい。探してみてもいい?」  陽治が万知を睨んだ。表情こそ変わらないが、万知を睨む瞳は明らかに怒っていた。  食い下がろうとした万知は、口をつぐんだ。烏滸がましい発言をしたことを、恥じる気持ちでいっぱいになった。なんて分をわきまえないことを言ったのだろう。  冷たく睨む陽治から目をそらすと、万知は俯いた。
/92ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1309人が本棚に入れています
本棚に追加