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万知が見つけたパートは、駅前のショッピングセンターにある雑貨店だった。各地の焼き物や食器を扱う、おしゃれなお店だ。
サービス業は土日出勤がつきものだが、長く勤めていたパートさんが妊娠で辞めたということで、平日昼間を中心に働ける人をたまたま募集していた。条件に合うところを見つけられて、ラッキーだった。
「……最初のころはよかったな」
ため息交じりに万知は小声で呟いた。
働き始めたころ、万知が夕方五時に仕事を終えて帰ってきているか確かめるため、陽治は仕事を切り上げて、早く帰ってきていた。ときには、待ち合わせをして帰ることもあれば、万知が帰っていることを確認し一緒に夕食を終えてから、仕事に戻ることもあった。
平日に万知の作ったご飯を二人で食べることが、万知はとても嬉しかった。五年前に戻れたような気がして、幸せだった。このまま、また二人の距離が縮まり、自分に触れてくれないかと、期待していた。
五年前から、万知と陽治はセックスレスだった。
でも、幸せな時間は、一か月もすればなくなった。仕事を終えたら電話をすることになったが、呼び出してもすぐ留守電になり、折り返しかかってきた電話も、今では全くかかってこなくなった。
触れられることもない。自分から陽治のベッドに忍び込む勇気も、万知にはなかった。
本当は、陽治との子どもがほしい。
でも、触れられなければ、妊娠できるわけなく、不妊治療も検査もできない。
土日は二人で過ごすし、買い物にもつき合ってくれる。疲れた万知が、家事の手抜きをしても責めることなく、手伝ってくれる。手料理を振る舞ってくれることもあれば、外食をしてアクセサリーをプレゼントしてくれることもある。でも、触れてはくれない。
そのうち、以前とは違う香水の匂いがするようになった。浮気の気配を感じるのは、これで何度目だろう。万知は、絶対に追求しなかった。
万知は陽治がいないとダメなのだ。一人では、生きていけない。時間が経てば、香水の匂いは消える。我慢して待っていれば、また陽治に触れてもらえるのだ。
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