3.転機

6/11

1309人が本棚に入れています
本棚に追加
/92ページ
 万知が見つけたパートは、駅前のショッピングセンターにある雑貨店だった。各地の焼き物や食器を扱う、おしゃれなお店だ。  サービス業は土日出勤がつきものだが、長く勤めていたパートさんが妊娠で辞めたということで、平日昼間を中心に働ける人をたまたま募集していた。条件に合うところを見つけられて、ラッキーだった。 「……最初のころはよかったな」  ため息交じりに万知は小声で呟いた。  働き始めたころ、万知が夕方五時に仕事を終えて帰ってきているか確かめるため、陽治は仕事を切り上げて、早く帰ってきていた。ときには、待ち合わせをして帰ることもあれば、万知が帰っていることを確認し一緒に夕食を終えてから、仕事に戻ることもあった。  平日に万知の作ったご飯を二人で食べることが、万知はとても嬉しかった。五年前に戻れたような気がして、幸せだった。このまま、また二人の距離が縮まり、自分に触れてくれないかと、期待していた。  五年前から、万知と陽治はセックスレスだった。  でも、幸せな時間は、一か月もすればなくなった。仕事を終えたら電話をすることになったが、呼び出してもすぐ留守電になり、折り返しかかってきた電話も、今では全くかかってこなくなった。  触れられることもない。自分から陽治のベッドに忍び込む勇気も、万知にはなかった。  本当は、陽治との子どもがほしい。  でも、触れられなければ、妊娠できるわけなく、不妊治療も検査もできない。  土日は二人で過ごすし、買い物にもつき合ってくれる。疲れた万知が、家事の手抜きをしても責めることなく、手伝ってくれる。手料理を振る舞ってくれることもあれば、外食をしてアクセサリーをプレゼントしてくれることもある。でも、触れてはくれない。  そのうち、以前とは違う香水の匂いがするようになった。浮気の気配を感じるのは、これで何度目だろう。万知は、絶対に追求しなかった。  万知は陽治がいないとダメなのだ。一人では、生きていけない。時間が経てば、香水の匂いは消える。我慢して待っていれば、また陽治に触れてもらえるのだ。
/92ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1309人が本棚に入れています
本棚に追加