3.転機

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 貫治は、大学在学中に母とケンカをし家を出て、いわゆるゲイバーで働いていた。トランスジェンダーだった。 「女なんだけど、タイプとしては僕はボーイッシュな女の子って感じ?」  いつもそう言っては自分を偽らず笑う貫治が、万知は好きだった。  陽治と貫治の母は、とても頑固だった。貫治はどちらかといえば義母似だ。  陽治と実家に帰ると、義母は、こっそり万知に貫治の近況を尋ねてくる。店に行くと、貫治も義母の近況を万知に尋ねてくる。  本当は二人とも、互いを思い心配しているのに、素直になれない。いつか素直になれるときが来ればいい、万知はそのときまで、密偵役を貫くつもりでいた。 「おはよ、万知」  バスを降り歩いていると背中を叩かれた。 「由香里、おはよう」  振り返ると、高校からの友人である安井由香里がいた。万知が『ハナアサギ』に勤め始めてすぐ、新しい店長としてやってきたのが由香里だった。  考えもしなかった嬉しい偶然に、二人は裏でひっそりと、久しぶりの再会を喜んだ。 「どうしたの?」  横に並んだ由香里が、万知の顔を覗き込んだ。  爽やかな風になびく、黒く艶めいた真っ直ぐな髪がキラキラ輝いて万知の目に映った。由香里は高校生のころから美人で、よくモテた。  高校時代、二人は生徒会に所属していた。万知が生徒会長で、由香里が副会長だ。おっちょこちょいだけれど、明るく行動力のある万知。いつも冷静沈着で万知を支える、聡明で美人な由香里。二人は、とてもいいコンビだった。
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