3.転機

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「何が?」 「楽しそうな顔してたよ」  貫治の店に行こうと考えていたとき、無意識ににやけていたのだろう。 「あ、これかな」  まさか、新宿のゲイバーに行くとは言えない。万知はスマートフォンを出すと、アプリを開き、薫が今朝更新した投稿を見せた。 「実家の猫なのこの子。これはね、弟の雅知の奥さんのアカウントなんだけど、いつもアップしてくれてて、この子を見るのが楽しみなんだ」  四角い枠に収まるシアンはとても愛らしくて、朝から鼻の粘膜にあとわりついて離れない、知らない香水の匂いを忘れさせるように感じた。 「由香里?」  シアンの写真を見つめる由香里の顔が強張っていた。由香里は猫嫌いなのかと、万知は一瞬考えたがすぐに改めた。高校生ころ、由香里の実家では猫を飼っていたのを、思い出したからだ。 「ああ、ごめん。可愛いね、シアンだっけ?」 「うん。本当に癒し。こうやってほぼ毎日更新してくれてるんだ」  万知は由香里に過去の薫の投稿を見せた。スワイプしすぎて食事の写真を表示したが気に留めなかった。 「本当だ、義妹さんすごくマメに投稿してるのね。これは癒やしだわ」  頷く万知の瞳に、見知った顔が映った。雅知の友達の翔太だった。 「おはようございます」 「おはようございます、樋口さん」 「おはよう、翔太くん」  翔太は『ハナアサギ』の入るショッピングセンターの運営会社に勤めていた。これもまた、嬉しい偶然だった。  貫治も翔太も、真面目で優しい雅知のいい友人であり、万知にとってもかけがいのない友人であった。 「樋口さん、後で先日の店長会の書類、提出に行きますね」 「すみません、ご足労おかけしますが、よろしくお願いします。じゃ、万知ちゃんまたね。頑張って」  翔太は爽やかな笑顔を見せると、オフィスの方へと去って行った。陽治も背が高いが、翔太も背は高いほうだった。前髪を上げたヘアスタイルは、知的そうな額と凜々しい眉、鋭いけれど優しい瞳が強調されて、翔太によく似合っていた。休憩室で、テナント従業員からだいぶモテているような噂を、万知は聞いたことがあった。 「翔太くんもすっかり大人になって。なんか、若くて羨ましいな」  万知の呟きに、由香里が吹き出した。
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