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「見て。万知ちゃんが来るって教えたら、翔太も来るってさ。近くにいるみたいだよ」
貫治のスマートフォンの画面には、ダッシュするうさぎのスタンプが表示されていた。
「そういえば、午後は外出だったのよね、翔太くん。うちの店長が、用があって電話したら不在だったって言ってた」
「店長って、由香里さんだっけ」
「そう。あれ、貫治くんに話したことあったっけ?」
「翔太に聞いたよ」
翔太には、由香里と再会したその日に話した。
「兄さんも知っているの?」
陽治には由香里が店長だということを話していなかった。
陽治にとって、興味があるのは家にいる万知で、外で働く万知には興味がないような気がしていた。下手に話せば辞めさせられそうな気もしていた。
「陽治は忙しくて帰りが遅いから、あまりそういう話をすることがないんだ」
それでも私たちは幸せで仲良しなのよ。そういう表情を作ることにも慣れた。万知は、なんでもないような顔で、話題を流すきっかけにするために、おしぼりで手を拭った。貫治も深くは追求せず、万知の前に紫色の炭酸の入った飲み物を置いた。
「ノンアルコールだよ」
淡い赤寄りのすみれ色は、雨上がりの空にかかる虹を思い出させるような色だった。万知は、その儚げな液体を一口含んだ。
「カシスソーダね、おいしい」
フルーティーなカシスの中に、レモンの酸味がちょうどよく、さっぱりと飲めた。
陽治に内緒で来ている手前、アルコールの匂いをさせて帰るわけにはいかない。知ってか知らずか、貫治はいつも万知にノンアルコールのカクテルを出した。
「そうそう。雅知から何か聞いてる?」
「雅知は、最近来ていないけど、どうしたの? 何かあったの」
万知が、今朝母から聞いた話をしようと身を乗り出したところで、店のドアが開いた。
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