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「万知ちゃん、お疲れさま」
開いたドアから勢いよく入ってきた翔太は、顔をクシャクシャにして万知に笑いかけた。
「お疲れさま、翔太くん。オフィスに戻らなくていいの?」
「大丈夫! 他店調査して直帰するって言ったから」
「で、他店調査が僕の店なの?」
翔太は貫治に向かって、口を横に開いていたずらっ子のような顔で笑うと、万知のとなりに座った。
「貫治、ビールちょうだい。万知ちゃんは何飲んでるの?」
犬が匂いを嗅ぐように、翔太は万知の前のグラスに顔を寄せた。久しぶりに、パーソナルスペースに異性が入ってきたことに、万知は戸惑った。翔太は、誰に対しても親しげで壁がない。それにしたって、今回ばかりは近いように思った。体を引いていいものか、でもそうすると嫌悪感を抱いているように勘違いされるのではないか、そんなことが頭の中を駆け巡り熱が上昇している間に、翔太は顔を上げると貫治が出したビアグラスを手にした。
「万知ちゃんはノンアルコール飲んでるんだ。俺は、ビールいただくね。貫治も乾杯しようぜ」
弟の親友に近づかれてドキドキするなど、欲求不満みたいだと思いながら、万知は頷くと飲みかけのグラスを手にした。
いつも休日は陽治と過ごしている。二人で買い物に行き、時には陽治が料理の腕を振るう。それなりに心地よく過ごしても、先ほどの翔太のような距離に陽治がくることはなかった。
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