4.義弟

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「さっき、万知ちゃん言いかけてたよね。雅知になんかあった?」  一通りグラスを合わせたあと、貫治が口を開いた。 「雅知に何かがあったわけではないんだけどね。実家の近くに公園でね、薄気味悪いことがあったの」 「二丁目公園だっけ」  翔太が、記憶を辿るように万知を見つめ呟いた。 「そう。そこにね、新品の猫のぬいぐるみがたくさん捨てられてたんだって」 「へぇ、新品の」  貫治も翔太もなんともいえないような表情で、互いに顔を見合わせた。万知も、母に聞いたときには、これのどこが薄気味悪いことなんだと思った。 「実家の猫って知ってる?」 「知ってるよ」 「シアンでしょ」 「その猫のぬいぐるみがね、シアンにそっくりで、しかもね、足や耳が取れてたり体が裂かれて綿が出てたりするんだって」  翔太は驚きの叫び声を上げ、貫治は思いきり顔をしかめた。 「それはずいぶんと悪質ないたずらだな」  貫治はかすれた声を出すと、グラスの中のノンアルコールビールをあおった。 「うん。母が気味悪がっちゃって。シアンは血統書のあるような猫じゃないし、同じような猫はいっぱいいるって分かってても、いい気持ちはしないよね」 「そうだね。念のためにシアンは外に出さないほうがいいね」  心配そうに眉尻を下げて、翔太は万知の顔を覗き込んだ。 「うん。そのつもり。他の公園でもあるのかな。けっこう、猫を飼っているおうちは多いから、うちが標的にされたって考えるのは飛躍しすぎだと思うけど、でも」  万知は口を閉ざした。遠くないとはいえども、離れて暮らす万知が、こんなにいやな気持ちになるのだ。母や薫の気持ちを慮ると、胸が痛かった。
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