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「ありがとう。でも、そろそろおいとまするね」
「ええ! 万知ちゃん、帰っちゃうの」
大げさなほどに驚いた翔太が、残念そうに眉間にしわを寄せた。その様子が小さな子どものようで、万知は微笑んだ。雅知は、真面目で年のわりにしっかりしている。末っ子らしいところはあまりなく、万知に甘えることも少なかった。もし、翔太が弟だったなら、雅知とはまた違って、鬱陶しいとか可愛いとか、きっと賑やかな姉弟になっただったろう。
「陽治も帰ってくるし。疲れて帰ってくるから、ご飯作って待ってないとね」
椅子から立ち上がり、バッグから財布を出そうとする万知の手を翔太が掴んだ。
「今夜は俺にごちそうさせて」
勤務先がテナントとして入っているビルの運営会社の担当であり、弟の友だちである翔太に奢られるのは、たった一杯とはいえ気が引けた。
「万知ちゃん、奢ってもらいなよ」
勧める貫治の向かいで、翔太が何度も頷いている。
「じゃあ、ごちそうになります。ありがとう、翔太くん。でも、このお礼は休憩室でお返しするね」
翔太の顔が輝いた。翔太も貫治も、一緒にいるだけで気持ちが上向く。
万知はもう一度お礼を告げると、貫治の店をあとにした。
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