4.義弟

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 貫治の店を出た万知は、夕飯の献立を考えていた。今夜も陽治は遅いのだろうか。大きな欅の植わった歩道を歩きながら、通り過ぎるサラリーマンと陽治を重ねた。帰社途中か、帰宅途中か、どちらにせよ、彼らは真っ直ぐに家族の待つ家に帰るのか。どこかでいっぱい飲んでから、帰るのか。家族じゃない誰かと、甘い時間を過ごしてから帰るのか。  とてもいやな気分になって、万知は思考を献立に戻した。肉団子にしよう。肉団子なら、陽治が今夜食べられなくても、明日の弁当に入れることができる。からっぽの弁当箱を想像して、万知は微笑んだ。弁当箱を洗うのは、帰ってきた陽治の役目だから、もしも、残飯を捨てられていても、ゴミ箱を漁らなければ、それは分からない。  浮気も同じで、陽治が限りなく黒に近いグレーだとしても、毎晩家に帰ってきてさえくれれば信じられる。休日にふたりで出かけられれば、気持ちは晴れる。  初めて陽治を疑った夜は、眠ることができなかった。となりに眠る陽治の首元から、他の女の匂いがするようで、息を止めた。  あの日から五年が経った。あのとき感じた、気が狂いそうな嫉妬は、今はどこにもない。  平穏な暮らしが続けばいい。子どもができたら、なおさらいい。  キスされたい。抱かれたい。陽治に触れられたい。  麻痺した心は、なおも陽治を求めていた。 「スーパー、寄っていこう」  大きな欅を見上げると、真っ暗な夜空が目に入った。万知は、地下鉄の階段を駈け降りた。
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