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今夜は早く帰れそうだ、雅知は時計に目を落としながら、エレベーターの乗降用ボタンを押した。先月辞めた同僚の分の取引先を引き受けたこともあって、それでなくても忙しかった仕事はさらに多忙を極めた。
薫が、帰りの遅い雅知に不満を抱いているのは理解していても、どうしようもなかった。仕事を拒否して、薫や母を路頭に迷わせるわけにはいかない。二人のために、働かなければならないのだ。
雅知は駅に近いカフェに入ると、窓側の席を陣取り、パソコンを開いた。打ち合わせの報告書を作成し、上司宛てのにメールを作成した。これさえ送信すれば、今日の業務は終了だ。上司へメールを送信し、チームの同僚宛てに直帰する旨をメールした。
パソコンを閉じると、大きく雅知は伸びをした。
雅知の後ろから、知った香りが漂ってきた。ときどき、薫から香る残り香と同じだ。後ろを振り返り、雅知よりも年上の男が発信元だと分かった。
あの香りは、やはり男ものの香水だった。そんな気がしていた。
薫は浮気をしているのだ。
女の浮気は本気になりやすいと、会社の女子社員が話していたのを思い出した。それでもいいと思った。薫の望む子どもを作ることができて、薫が幸せになるならそれでいい。
雅知は、驚くほど冷静だった。常に離婚を覚悟してきた。浮気ぐらいで、驚いてはいられない。
帰りに薫の好きなパティスリーで、ケーキを買っていこう。薫の喜ぶ顔が見れれば、それでいい。
テーブルの上のパソコンをビジネスバッグにしまうと、通りに目をやった。
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