6.疑惑

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「貫治お前、なんか俺に話したいだろう」  客のいない店内に流れていたスウィングジャズが途切れた。貫治の店は、ゲイバーというよりも、性同一性障害の人々が憩いを求めて訪れるおしゃれなバーといった感じだった。だから女の万知が、一人で訪れることができるのだ。 「うん」と言って押し黙った貫治が話し出すのを、翔太は待った。貫治は三人の中で一番思慮深い。急かしてしまっては、「大丈夫」と笑って、二度と話そうとはしないことくらい翔太は分かっていた。  ロックのおかわりが、カウンターの上のコースターに乗せられた。ときどき、貫治は人の心が読めるのではないかと、勘違いしそうになることがある。  よほど驚いた顔をしていたのだろう。翔太の顔を見た貫治が吹き出した。 「空のグラスが目の前にあれば、誰だって二杯目がほしいのかなって分かるよ」 「あ、そうか。そうだよな」  昔からそうだった。貫治は人の気持ちを敏感に感じ取る。ときに励まし、ときに黙ってそばにいて、ときに同じように心を痛める。繊細な貫治が傷つかないよう守ってやろう、そう思うのに、いつも守られ癒されてきた。 「兄貴がさ」  言いにくそうに貫治が口を開いた。苦しそうに顔を歪める貫治を見て、翔太は、無理して言わなくていい、そう言おうとしたが、貫治のほうが早かった。 「無……」 「兄貴がさ、浮気してるみたいなんだ」  翔太の脳にある言語中枢が、貫治のことばを理解するまで、かなりの時間が必要だった。
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