6.疑惑

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「え、と、浮気ってそんな、万知ちゃんがいるのに?」  にわかには信じがたかった。翔太の知る陽治は、万知にベタ惚れで優しくて、他の女なんて目に入っていないように映っていた。 「すげぇ仲いいだろ、あのふたり。万知ちゃんだって、めちゃくちゃ幸せそうじゃん」  貫治は嘘を吐くような男ではなかったし、苦悩を滲ませる表情を見れば、真実を言っていることは一目瞭然だった。 「マジか。陽治さん、浮気してんのか」  陽治と万知が結婚を決めたとき、誰よりも喜んだのは貫治だった。 『翔太ごめん』 『へ? 何が?』 『兄貴と万知ちゃんが結婚することになったんだ』 『よかったじゃん、おめでとう。で、なんで謝るんだ?』 『お前、万知ちゃん好きだって言ってたから』 『ああ、マジにとんなよ、憧れだよ、憧れ。ふたりはお似合いだし、陽治さんなら万知ちゃん大切にしてくれそうだし』 『うん。兄貴、絶対に万知ちゃんを幸せにすると思う。いや、兄貴のほうが好きだから、万知ちゃんと一緒にいたら幸せになれると思う』  申し訳なさそうに詫びたあと嬉しそうに笑った貫治を思い出した。  陽治と貫治は仲のよい兄弟だ。陽治は、トランスジェンダーで悩む貫治を受け入れ、貫治は、そんな兄を心から信頼している。黙っていてもモテる女にだらしない陽治を貫治が心配していた時期もあったが、万知に出会い、陽治は他の女にまったく見向きもしなくなった。  そんな兄を喜び、運命の出会いだと目を輝かせていた貫治の瞳は、疲れたように光を失っていた。
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