6.疑惑

5/14

1307人が本棚に入れています
本棚に追加
/92ページ
 もろきゅうの上にクリームチーズを乗せると、翔太は口に放りこんだ。もろみ味噌とクリームチーズは合う。翔太の強い勧めて、貫治の店でも出すようになった。しょっぱさとまろやかなチーズが、キュウリの青臭さと混ざってとても絶品だというのに、今は、しょっぱさだけが感じらるようだった。 「万知ちゃんから聞いたのか?」  カウンターの向こうの貫治が首を横に振った。  まだ時間が早いからかもしれないが、今夜は客が少ないような気がした。こんな話をしているから、そういうふうに思えるのかもしれない。万知の猫のぬいぐるみの話から始まって、陽治の浮気の話だ。回りかけていた酔いが、さらに回ったのか、醒めたのか、翔太にはさっぱり分からなかった。 「万知ちゃんは何も言わないよ。でも、見たんだ」 「見たのか」  貫治が黙ったまま、新しいグラスを二つ出した。水出し緑茶を注ぐと、一つを翔太の前に置いて、もう一つの緑茶を一気に飲み干した。見た、ということは陽治の浮気現場を目撃したということだろう。  翔太は、ぼんやりと、「浮気」と「不倫」の曖昧な境界について考えた。  婚姻関係があるかどうかとか、肉体関係を持ったかどうかとか、いろいろと定義はあるのかもしれないし、それは人によって違うのかもしれない。独身の翔太の中では、「浮気」は浮ついた気持ちで関係を持つ軽い関係で、「不倫」は気持ちを伴う重い関係なんではないかと思った。  貫治は「陽治が浮気しているみたいだ」と言った。ということは、陽治は決して、万知との婚姻関係を破綻させようとは思っていないということなのか。実際のところ、陽治に聞いてみなければ分からないが、少なくとも貫治は、「不倫」ではなく「浮気」だと感じたのだ。
/92ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1307人が本棚に入れています
本棚に追加