6.疑惑

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「顔は、見えなかった。でも、万知ちゃんとタイプが似ている気がした」  万知はスラリと背が高くて、黒髪のロングヘアだ。その髪は、緩やかなウェーブがかかっている。以前、パーマをかけているのか、翔太は聞いたことがあった。 『これね、くせ毛なのよ。さらさらのストレートの翔太くんが羨ましい』  はにかむ万知の顔は美しく、人工的に手を入れていない万知の髪は、潤い輝いて見えた。このとき、万知の髪は美しいと、万知が好きだと、飛び出しそうなことばを翔太は飲み込んだ。 「万知ちゃんと似たタイプがいいなら、万知ちゃんでいいじゃねぇか」  胸の中で湧き上がったヒリヒリするような怒りが、少しずつ脳に向かっているようだった。申し訳なさそうに顔を歪める貫治を見て、陽治への怒りがさらに増し、翔太はこぶしを握りしめた。 「雅知は知ってるのか」 「知らないよ。人に話したのは、翔太が初めてだ」  今貫治が言ったセリフを、翔太は過去にも聞いたことがあった。高校を卒業する前だった。貫治が、他認される性と自認する性が違うと、初めて打ち明けられたとき、同じ会話を放課後の教室で交わした。 「まだ、雅知には黙っていようと思う。お姉さんが浮気されてるなんて聞かされて、冷静でいられないと思うし、何より……」  貫治は緑茶をもう一度注ぐと、やはり一気に飲み干した。 「お姉さんを不幸にしている男の弟と友だちだなんていやだよな。本当はさ、雅知に嫌われそうで、僕が言いたくないんだ」  貫治の笑う顔が情けなくて切なくて、翔太は唇を噛み締めた。弟にこんな顔をさせて、淡い思いを寄せる万知に隠れて浮気をする陽治が許せなかった。指をくわえてみていることしかできない自分にも、歯痒くて腹が立つし悔しかった。
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