1.悪戯

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 ただでさえ蒸し暑い夏の夜だった。首筋をひとしずくの汗が伝う感触がしたが、両手にはりんご飴がある。きっと、りんご飴で手が塞がっていなくても、万知は汗を拭うことができなかった。全身が心臓になったのではないかと勘違いするぐらい、鼓動は忙しく息苦しかった。  ハンカチを握っていたはずの陽治の右手が、万知の頬に触れた。万知の身体は、大袈裟なほどにビクッとした。咄嗟に目を上げると、切なそうに目を細める陽治の視線とぶつかった。  まるでドラマのようだった。少し離れた河原で、花火が打ち上がり、黄色い光が二人を照らした。  二発目の花火が打ち上げれたとき、重なる唇の柔らかな熱さに、万知は目を閉じていた。  二人はつき合い始めた。陽治はとても優しかった。仕事で疲れている万知を気遣い、柔らかな抱擁と甘いことばで癒やした。万知が相談をすれば自分のことのように真剣に悩み考え、アドバイスを与えた。  女癖が悪いと噂をする人もいたが、あくまでも噂だと、万知は気に留めなかった。万知といるときの陽治は、他の女など眼中にないように見えた。恋は盲目、というわけではなくて、当時、二人の間には確かに信頼と絆があった。  二年後、独立し立ち上げた陽治のデザイン事務所が安定してきたとき、陽治にプロポーズされた。万知は即答した。陽治とならば、幸せな家庭を作れると、信じて疑わなかった。
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