6.疑惑

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 開店前、それぞれのテナントが開店準備を終えているかどうか、確認のために見回るのは翔太の所属するストアーオペレーションの役目だった。  今朝の当番は翔太だった。各店舗のスタッフとあいさつを交わし、ショッピングセンター内を循環する。万知の勤める『ハナアサギ』近くになると、翔太の足は自然と重くなった。  今朝は万知に会わなかったら、きっと休みなのだろう。でも、もしかしたら、道路が混んでいてバスが遅れたのかもしれない。毎朝駅で会うわけじゃない。翔太は、ざわつく胸の空気を吐き出すように深呼吸をした。もし出勤していたら、どんな顔で会えばいいだろうか。そんなことを考えながら歩いていたが、名案は思いつかなかった。結局のところ、普段通りに接するしかない。  胸のざわつきは的中した。『ハナアサギ』の通路に面した什器の前に立ち、万知は商品のホコリをはたいていた。 「おはよう、翔太くん」  翔太に気がついた万知が、入口から顔を出して声をかけてきた。 「おはよう、万知ちゃん。今朝は一人?」 「ううん。もう一人いるんだけど、クレジットの用紙をオフィスに買いに行ってるの」 「そうか」  普段通りとは、どうだったろうかと、翔太は思った。普段通りが思い出せない。 「じゃ、今日もよろしくお願いします」 「よろしくお願いします」  屈託のない笑顔を見せる万知に微笑み会釈すると、翔太はその場をあとにした。  万知は陽治の浮気に気がついているのかもしれない。それでも、こうして気丈に振る舞い笑顔を見せている。自分がわざわざ壊す必要はないのかもしれない。  開店十分前の店内アナウンスを聞きながら、翔太はメールの件を胸の中にしまうことに決めた。
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