6.疑惑

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 胸の中にしまうと決めたものの、数日間は万知の顔を見るたびに、捕らえることができない透明な虫が、目の前をチラチラと飛んでいるように、どうにも落ち着かずイラつきを覚えた。話しかけたいけれど、ことばが見つからずに話しかけることができない。話しかけない選択肢もあるが、仕事中に交わす万知との会話に、何より翔太が癒やしを感じていた。万知と話さないなんて、翔太自身が堪えられそうになかった。  それでも、話しかけるとわざとらしくなりそうで、遠くから眺め躊躇する翔太に、好機が訪れた。ペットボトルのお茶を買おうと立ち寄った休憩室の片隅に、万知と店長の由香里を見つけた。  万知が気味悪がっていた『猫のぬいぐるみ事件』の話を友人に聞いてきた。結論としては、万知の近所の公園以外では起こっていないらしいという、なんとも面白みもなく進展もない話だが、これをきっかけにして自分の気持ちを整理できればいいと思った。 「お疲れさまです」  由香里と向かい合い弁当を頬張る万知の横に、翔太は腰をかけた。二人の関係を知る由香里は、微笑み会釈した。 「翔太くん! 久しぶりだよね、忙しかった?」  嬉しそうに顔をほころばせた万知は、あっと短く発すると「お疲れさま」とはにかんだ。  例えるなら、万知は友人宅にいる子犬だ。自分に懐いていて、時々会うと嬉しそうに舌を出して、可愛らしく鳴いてくれる。 「うん。ここのところ、業務が立て込んでてさ。今、話しても大丈夫? 例の猫のぬいぐるみの話だけど」  万知の顔が少し強張った。あれから毎日、気に病んでいたのだろう。話をよく聞こうとしてか、万知は難しい顔を寄せてきた。万知が近づくだけで、翔太の胸は高鳴る。翔太はそれを表に出さないように眉をひそめた。 「あれはね、万知ちゃんの実家の公園でしか起こってないらしい。壊されたぬいぐるみは、区の清掃局が通報を受けて回収したみたい。警察も、悪質ないたずらだということで片付けたみたい」 「そっかぁ。ただのいたずらならいいんだけどね。あ、由香里、あのね」  万知の向かいで青い顔をして翔太を見ている由香里に気がついて、万知が事の顛末を由香里に話した。
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