7.確信

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 こんなとき、万知はいつも『初めてのデート』のことを考えて現実から逃避した。  あの夏祭りの夜、花火が照らす夜空の下でキスを交わしたあと、二人は連絡先を交換した。家に帰りベッドの中、万知は佐川陽治の名前を触れかけては止めるという、不毛な動作を幾度となく繰り返した。緊張と勇気の出ない自分への嫌悪感で、クタクタになった万知は、画面の暗くなったスマートフォンをベッドに放りだした。  いわゆるアラサーの域に足を踏み入れていた万知は、ごくごく普通に年齢を重ねて、それなりの経験をしてきた。普通とか平凡のことばが似合う万知の人生において、あのドラマティックなキスを忘れられるはずなどなかった。思えば、あのときすでに陽治に心を奪われていた。  眠れない夜を過ごすのかと、いっそのこと電源を消してしまおうと、ひっくり返ったスマートフォンを手にした。  もう一度、佐川陽治を表示する。浴衣の染みがきれいに取れたことを報告するだけだから。僅かな勇気を振り絞り、万知は名前をタップした。  スリーコールで出なかったら切ろうか、ファイブコールぐらいまで待とうか。飛び出しそうな心臓を抑えるためにつばを飲み込むと、頭の片隅でそう考えた。 「もしもし、万知ちゃん?」  ワンコール目が鳴りかけてすぐだった。自分の鼓動の音とスマートフォンのスピーカーから聞こえていたかすかなノイズが途切れて、聞き心地のいい男の声が、万知の鼓膜を震わせた。
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