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「万知、そろそろ出かけるよ」
身なりを整えた陽治が、洗い物をする万知の横に立った。出会って十年が経っても、陽治が放つ輝きは、衰えるどころか増しているように見えた。
「夕ご飯は?」
「行かないと分からないな。連絡するよ」
どうせ仕事が終わらないという理由で食べないのだろう。分かりきったことを聞いた自分に、心の中で苦笑しながら万知は洗い物の手を止めた。
「ここでいいよ。鍵も閉めていくから。いってきます」
「いってらっしゃい。気をつけてね」
背の高い陽治を見上げる。優しい眼差しの陽治と視線が合い、万知は目をそらすことができなかった。
万知を見つめる瞳が好きだ。蔑むようなことを言われても、嘲るような顔をされても、陽治の瞳の中には優しい光がある。そう思えばこそ、触れられなくても万知は耐えることができる。陽治の気持ちはまだ万知にあると、信じることができる。
万知の頭をぽんぽんと叩いて、陽治はキッチンを出て行った。
いってきますのキスをしてほしいけれど、ねだるわけにもいかかない。自分からいってらっしゃいのキスをするような勇気もない。鍵の閉まる音を聞いて、万知は大きく息を吐き出した。
頭に触れてもらえるだけで十分だ。それ以上は望んではいけない。
少ない洗い物を終えると、万知はダイニングチェアに腰をかけた。洗濯機が止まるまでまだ時間がある。
シアンの写真を見て気持ちを上げよう。スリープ状態のスマートフォンを立ち上げると、万知はいつものアプリを開いた。
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