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見紛うわけがない。もう何年も、この指に触れてほしいと願い見つめてきたのだ。
大きな氷の塊を飲み込んだように、喉の奥が冷たくて息苦しかった。かすかに震える指先も冷たい。なんとかその指先に力を込めて、薫の他の投稿を見ようと万知は画面をスクロールした。
注意深く見てみると、一か月より前の投稿は、食事の写真がほとんどなくシアンばかりだった。万知が見つけた指先の写真を境に、食事の写真が増えていた。
破裂しそうな心臓を鎮めたくて胸を手で押さえたが、なんの意味もなかった。陽治の痕跡を写真に見つけるたびに、鼓動が激しく肋骨を打ちつけた。
指先、腕時計、カバン、ハンカチ。はっきりと映っているものはひとつもない。『陽治の痕跡』というには足りないかもしれない。でも万知には、それだけで十分だった。
陽治の浮気相手は、薫だ。
あり得ない、あるはずがない、あってはならない。陽治の浮気相手が、雅知の妻である薫だなんて、そう簡単には認められることではない。雅知と母の顔が脳裏に浮かび、万知はキツく目を閉じた。
薫は、陽治の事務所へと週に何日通っているのだろうか。雅知は、陽治のように働くことに対し制限していないのだろうか。だとすれば、毎日通っている可能性もある。
平日は、一日一時間すらともに過ごせない万知よりも、はるかに長い時間をふたりは過ごしている。
万知はダイニングチェアから降りて、冷たいフローリングに大の字になった。
悔しい。腹立たしい。羨ましい。妬ましい。辛い。苦しい。
ことばでは言い尽くせない感情が、万知の中を嵐のように轟轟と渦巻き、押し込めていた気持ちを舞い上がらせた。
悲しい。寂しい。愛したい。愛してほしい。
本当に悲しいときには、涙は出ないものなんだと、掃き出し窓の上に見える薄曇りの空を見ながら、万知は目を閉じた。
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