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いつの間にか眠ったらしい。ずっしりと閉じていたまぶたを開くと、すでに部屋の中は濃藍の薄闇に包まれていた。額にはじんわりと汗が滲んでいるのに、手足は冷え切っていた。体が重い。俗にいう、鉛のように重たい。万知はぼんやりとした意識を引き戻して、指先、足先と順に力を入れた。ゆっくりと体を起こし、腕を大きく上に伸ばした。
重い体とは対照的に、頭の中はすっきりと澄み渡り軽かった。
窓の外はまだ少し明るいが、時計の針はもうすぐで宵の口に差しかかりそうだった。そろそろ、夕ご飯の支度をしないといけない。
スマートフォンを手にすると、スリープ状態から解除した。画面に表示された通知をスクロールしていくと、陽治の名前を見つけた。万知は、迷うことなくタップした。
――今日も遅くなります。ごめんね。
心から申し訳ないと思っているのだろうか。ふたりの間ではすっかり形骸化した『ごめんね』を指で弾くと、万知は陽治からのメッセージを閉じた。
万知は冷静だった。決して、青天の霹靂というわけではない。浮気しているという疑念は前からあった。ただ、その相手が雅和の妻の薫だということを知らなかっただけだ。
通知の中に、翔太の名前を見つけた。翔太からメッセージがくることは珍しい。もしかしたら、雅知が薫の浮気を知り、翔太に相談したのかもしれない。
だとしたら、何を考えてどんなメッセージを翔太は送ってきたのだろう。
万知はゴクリとつばを飲むと、翔太からのメッセージの上に指を浮かせた。陽治からのメッセージを開いたときよりも、指が震えている。万知は目を固く閉じて、タップした。
――こんにちは。最近、元気がないように見えるけど、大丈夫? また貫治の店に飲みに行こう。
短い文の中には、探るような気配もあれば、たんじゅんに万知を心配しているようにも感じた。
陽治と薫のことを知っていたとしてもいい。こんなときに心配されたら、傷ついた心に染み入るのは仕方がない。
誰でもいい。誰かと、なんでもいいから、ことばを交わし笑い合いたかった。
万知は翔太の電話番号を表示すると、見慣れない数字の羅列に指先で触れた。
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