7.確信

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 翔太が生ビールをふたつ頼んだ。生ビールをジョッキで飲むなんて久しぶりだ。乾杯のあと、生ビールを口にする万知を見て翔太が微笑んだ。 「万知ちゃん、おいしそうに飲むね」  三分の一ほど空いたジョッキを見て、ゴクゴクと飲むなんてはしたなかったかと、万知は手で口を覆った。 「あ、ごめん。女性にこんなこと言うもんじゃなかったね。でも、ずいぶんと幸せそうな顔で飲んでるから」 「ごめんなさい」  きっと、翔太は呆れているだろう。万知はまた俯いた。 「なんで謝るの?」  予想外のことばに、万知は驚いて顔を上げた。「そんな飲み方は女らしくない」ため息交じりにそう言って、陽治のように蔑んだような顔で責められるものだと思ったからだ。 「万知ちゃんとふたりで飲めるだけで昇天しそうなのに、万知ちゃんの幸せそうな顔まで見れて。俺、今週、頑張って仕事してきてよかった」  大げさな泣きまねのあと、翔太は大きな口で笑った。 「あ、きたきた。この冷やし茶碗蒸しうまいんだよ」  運ばれてきた先付けの椀の蓋を開けると、翔太はさらに顔をほころばせた。銀餡のかかったアイボリーの茶碗蒸しの上には、海老と枝豆、トマトが彩りよく飾られていた。 「翔太くんはこういうお店によく来るの?」  万知は店内を見回した。小さな和風料理屋には違いないが、置かれている調度品も内装も上品でセンスよく、料理屋というよりも割烹のような趣があった。 「いや、全然。一緒に来てくれるような相手もいないしね。ここはね、前に接待で来たんだ。すごくおいしくてさ、万知ちゃんから電話もらったとき、ここに連れて行こうって思ったんだよ」  ――連れて行こう。陽治にも言われたことがある、万知ではなくて発言者が主体のことばだ。陽治に言われると、それに従わなければいけないように感じた。でも、今は違った。翔太がおいしいと思った店に、万知と一緒に行きたいと思ってくれたことが、思いのほか嬉しかった。
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