1.悪戯

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「もしもし、万知?」  まだ雅知も寝ているのだろう、くぐもるような母の声がスピーカーから聞こえてきた。 「おはよう、お母さん。どうしたの? また薫ちゃんの帰りが遅かった?」  ここのところの母からの電話は、薫の愚痴が多かった。帰りが遅いとか、家事の手抜きが多いとか、そんな話ばかりだ。 「そうなのよ。薫ちゃん、昨日も帰りが遅くてね。陽治くんに早く帰すように言ってよ。昨日の夜は雅知だって家にいたのに」  雅知は商社勤めで、出張が多く、平日は家にいないことが多い。一度、薫に愚痴られたことがあるが、その薫も帰りが遅くて母に愚痴られるなど、なんとも滑稽だと、万知は思った。 「雅知もいたのに、珍しいね」 「あの子たち、最近うまくいってないみたいで。万知は何か聞いてない?」 「聞いてないなぁ」  雅知とは仲は悪くないが、そんなに話すような姉弟ではなかった。母と同居してくれていることは嬉しいが、勝ち気な薫とは合わないような気がして、一定の距離を置いてつき合っていた。 「あなたのとこは大丈夫? 子どももまだだし、病院とか」  また始まった。万知は、ため息を飲み込んだ。  父が亡くなってから、母が孫の顔を見たいと楽しみにしてきたのは知っている。万知の結婚が決まったとき、孫の顔が見れると泣いて喜んだときは、早く見せてあげたいと思った。 「大丈夫だよ、私と陽治は仲良くやってるから。今日は仕事なの。そんな話なら切るよ」  本当は、うまくいっていない。陽治は浮気しているみたいだなんて、言えるわけがない。母の心配も分かる。何よりも、母の期待を裏切ることに胸が痛んだ。
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