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トイレから戻った翔太と、他愛ない話をするのは、とても楽しかった。ときどき、手の空いた貫治や宗一が加わるのもいいスパイスで、気づけば時計の針は遅い時間を指していた。
万知は、スマートフォンの確認を一度もしていなかった。陽治から連絡のない現実を目の当たりにしたくなかった。
「そろそろ帰ろうか、送っていくよ。万知ちゃん、大丈夫?」
アルコールの効力は抜群だった。気を緩めれば頭に浮かぶ陽治と薫の顔から、万知は逃れたかった。アルコールは体の中を巡り、都合のいい強い眠気を誘った。
「貫治、店があるんだろう。俺が送っていくから大丈夫だよ」
帰りたくない。顔を見たくない。でも、帰りたい。会いたい。
翔太と貫治の会話を聞きながら、微睡む万知の意識は深いところへと落ちていった。
初めて嗅ぐ香りにふと目が覚めた。万知はタクシーの中にいた。万知を中央にして、両側に翔太と貫治が座っていた。万知は、翔太の肩にもたれ眠っていたようだった。
「起きた? もう着くよ」
そんなに長い時間眠ったわけではないのに、頭の中はずいぶんとすっきりしていた。
思っていたよりも固くがっしりした翔太の肩から体を起こすと、万知は貫治のほうを見た。何も言わないけれど、心配しているのが分かった。
「二人とも迷惑かけてごめんなさい」
「俺がつき合わせちゃったから。万知ちゃんは結婚してるんだから、しっかり配慮すべきだった。俺こそごめんね」
申し訳なさそうに翔太が頭をかいた。
「貫治にも叱られちゃったよ。俺さ、部屋まで行って陽治さんに謝るよ」
貫治はなんと言って叱ったのか、寝ていた万知には想像がつかなかった。タクシーが万知の住むマンションのエントランス前に停車した。道路側に座っていた貫治が先に降りて、万知へと手を差し出した。
「万知ちゃん、一人で大丈夫だよね?」
有無を言わせない気迫を感じて、万知は頷きふらつかないように両足を踏ん張った。車の中、翔太が何かを叫んでいたが、貫治は万知を降ろすと慌ただしくタクシーに乗り込んだ。
「じゃあね、万知ちゃん」
改めてお礼を言う間もなく、タクシーは発車した。
残された万知はしばらくテールランプを見送り、噴き出しそうな重い気持ちを抑えながら、マンションに入った。
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