7.確信

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「ねぇ、万知。誰が君の帰ってきたタクシーに乗ってたの」  万知と陽治の住まいには、リビングダイニングの他に四つ居室がある。ひとつはふたりの寝室、ひとつは陽治の書斎、残りはいつか子ども部屋にと話していた。そのうちのひとつ、東向きの部屋は通りに面していて、マンションのエントランスを覗くことができたことを、万知は思い出した。 「貫治くん」  自分の喉から出る声が震えていることに、気がついたがどうでもよかった。陽治は、怒っている。万知の無断外食に、思っていた以上に腹を立てている。  胸の奥が冷たく締めつけられた。陽治に捨てられるかもしれない。万知は、恐怖を感じていた。 「貫治? 貫治と和食を食べたの? 違うよね、あいつは店があるはずだ」  陽治の腕が緩み、冷たい指先が万知の頬に触れた。陽治の目尻が優しげに下がっているのは、万知が反省して別れを切り出されるのはいやだと顔が強張っているからかもしれない。万知は、まばたきもできなず、ただ目を見開いて陽治を見つめた。 「食事は翔太くんと行ったの。私が誘ったの、陽治から遅いってメールが来たから、それで」  万知はことばを切った。陽治の顔が近づいてきたからだ。キスかもしれない。鼓動はさらに激しくなった。期待と恐れで、万知の脳は動きを止めたように感じた。  陽治は鼻先を万知の唇ギリギリまで近づけて、すぐに顔を離した。 「お酒の匂いがするね。だいぶ飲んだの」 「和食屋さんと貫治くんのお店で、ビールを」 「それに、俺の知らない香水の匂いがする」  陽治にまたきつく抱きしめられたが、もう息苦しさとか痛みは感じなかった。 「万知の首筋から、翔太の匂いがするよ」  胸が張り裂けそうだった。行かなければよかった。陽治に申し訳なくて、切なくて、万知の瞳から涙があふれ出した。
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