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たぶん、帰りのタクシーの中でついたのだろう。飲み過ぎなければ眠ることもなかったし、眠らなければ翔太に寄りかかることもなった。寄りかからなければ、翔太の香水の匂いがつくこともなくて、香水の匂いがつかなければ、陽治の怒りはここまで激しくなかったかもしれない。
涙に押しつぶされて、言い訳すらできない自分が情けなかった。
声を押し殺し泣く万知の頬に、陽治の指が触れた。潤み霞んでよく見えないが、陽治の顔は満足げに微笑んでいるように見えた。
「万知、泣かないで。泣いてると、翔太と何かあったのかと思うよ」
「な、何も」
それ以上はしゃくりに紛れた。
「何もないんだよね。でも、見てみないと分からないだろう」
見てみるの意味が分からなかった。陽治に腕を優しく掴まれ、強い力で引っ張られた。連れて行かれたのは、玄関からほど近い寝室だった。陽治のベッドに座らされて、万知はやっと意味を理解した。
「シャワーを」
「ダメだよ。シャワーを浴びたら、証拠が流れるだろう」
陽治の指がシャツのボタンにかかった。万知の心臓が大きく何度も鼓動を打つ。決して、このあとの行為を期待してではないことを、万知は分かっていた。
「ほら、肩の辺りも匂いがついてるよ、万知」
鼻先だけではない。押しつけるように、唇が首筋から下へと流れていく。
「……いや」
小さな声が寝室に響いたが、陽治は動きを止めなかった。
久しぶりなのだ。汗もかいたし、シャワーを浴びてきれいにしたい。クリームをつけて肌を滑らかにしたい。下着も、お気に入りのものを身につけたい。万知は長い間、陽治に抱かれるのを待ち望んでいた。
一方的な行為には愛はない。昔、笑顔の陽治と交わした、互いを慈しむ行為とは違う。
それでも、万知は従うしかなかった。気持ちとは裏腹に、体は悦んでいることを、とても皮肉だと感じた。
こぼれ落ちそうな涙を堪えながら、万知は陽治を受け入れた。
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