8.不信

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 その夜、珍しく陽治は早く帰ってきた。久しぶりに2人で囲む食卓には、昨夜のことなど微塵も上がらなかった。やけに上機嫌な陽治に、万知は思い切って明日のことを切り出した。 「明日の夜なんだけど、由香里とご飯を食べてきてもいいかな」 「由香里?」  陽治の眉がピクリと動いた。 「ほら、高校の同級生で、私が務めているお店の店長をしてる由香里だよ。食事に誘われたの。私が出勤の日に、由香里が早上がりになることは珍しくて」  陽治の瞳が、瞬きもせずに万知を見つめた。万知の嘘を見透かそうとしているように感じたが、嘘はついていない。万知も同じように陽治を見つめた。 「いいよ、気をつけて行っておいで。でも」  陽治が椅子から立ち上がった音が、リビングに響いた。驚いた万知は、肩に力を入れた。となりに座った陽治の手が、万知の髪を撫でた。 「夜は危ないから、あまり遅くならないようにね」  陽治の顔が優しく微笑んでいた。奥歯の力が抜けるのを感じて、万知は歯を噛み締めて顔を強張らせていたことに気づいた。 「ありがとう。早く帰ってくるね」  触れるだけでいいから、キスをしてほしいと思ったが、陽治はもう一度髪を撫でると、自分の席に戻って行った。  昨夜、久しぶりに抱かれたことで、ふたりの間の距離が短くなったように、万知には思えた。  食事のあと、汚れた食器を鼻歌を歌いながら洗う自分に苦笑いしたが、それほどに万知の胸の中は晴れやかだった。  
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