1307人が本棚に入れています
本棚に追加
その夜、珍しく陽治は早く帰ってきた。久しぶりに2人で囲む食卓には、昨夜のことなど微塵も上がらなかった。やけに上機嫌な陽治に、万知は思い切って明日のことを切り出した。
「明日の夜なんだけど、由香里とご飯を食べてきてもいいかな」
「由香里?」
陽治の眉がピクリと動いた。
「ほら、高校の同級生で、私が務めているお店の店長をしてる由香里だよ。食事に誘われたの。私が出勤の日に、由香里が早上がりになることは珍しくて」
陽治の瞳が、瞬きもせずに万知を見つめた。万知の嘘を見透かそうとしているように感じたが、嘘はついていない。万知も同じように陽治を見つめた。
「いいよ、気をつけて行っておいで。でも」
陽治が椅子から立ち上がった音が、リビングに響いた。驚いた万知は、肩に力を入れた。となりに座った陽治の手が、万知の髪を撫でた。
「夜は危ないから、あまり遅くならないようにね」
陽治の顔が優しく微笑んでいた。奥歯の力が抜けるのを感じて、万知は歯を噛み締めて顔を強張らせていたことに気づいた。
「ありがとう。早く帰ってくるね」
触れるだけでいいから、キスをしてほしいと思ったが、陽治はもう一度髪を撫でると、自分の席に戻って行った。
昨夜、久しぶりに抱かれたことで、ふたりの間の距離が短くなったように、万知には思えた。
食事のあと、汚れた食器を鼻歌を歌いながら洗う自分に苦笑いしたが、それほどに万知の胸の中は晴れやかだった。
最初のコメントを投稿しよう!