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「樋口さんと万知の弟と陽治さんの弟は友だちだったっけ?」
「そうなの。翔太くんも私のことを心配してくれて、今夜みたいに食事に行ったのよ」
グラスを伝う水滴を紙ナプキンで拭うと、万知はレモンチェッロを口に含んだ。甘さも酸味もちょうどいい。爽やかな味が、今の気分にぴったりだった。
「平日は仕事が忙しいから、陽治の帰りはいつも夜中なんだけど、その日に限って早かったみたいで。食事に行くことを伝えてなかったから、心配させちゃったの」
夜遅くに疲れて帰ってきて、いつもはいるはずの万知がいない暗い部屋を見て、陽治は心臓が止まる思いをしたに違いない。改めて考えると、本当にひどいことをしたと、万知は改めて反省した。
「樋口さんとはふたりで食事に行ったの?」
「そうよ」
「なぜ陽治さんに話さなかったの?」
「陽治はいつも帰りが遅いから、陽治よりも早く帰れると思ったの」
心配そうにひそめていた眉が、かすかに歪んだ。
「本当に? やましい気持ちはなかった?」
万知には、由香里の言う「やましい」の意味が全く理解できなかった。目を瞬かせて由香里を見ると、由香里の眉間に深くしわが刻まれた。
「樋口さんとふたりで食事に行って、何かあるかもしれないと、少しも思わなかった?」
何かってなんだろうと、万知は思考の止まった脳で考えた。
「何かやましいことがあるかもしれないから、陽治さんに話せなかったんじゃない?」
「違うよ、そんなことは考えなかったよ。ただ」
「昨日私が誘ったとき、万知は陽治さんに聞かないと分からないって言ったよ」
「それは、翔太くんとのことがあったから、それで」
「じゃあ、樋口さんとのことがなかったら、私と食事に行くと陽治さんには話さなかったの?」
ぐうの音も出なかった。翔太とのことで、陽治に怒られていなかったとしても、由香里との約束の許可を陽治に求めただろう。
翔太との食事を話さなかったのは、陽治と薫の関係を疑っていたからだ。
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