8.不信

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「変なこと言ってごめん。別の友だちが旦那さんの浮気でボロボロになったのを見たから、心配で。余計なことを言った」  由香里が、申し訳なさそうに眉をひそめて目を伏せた。 「それに、万知が少し変わった気がして。心配だったの」 「変わった? 年を取ったからかな」 「それはお互い様でしょう」  笑い声を上げ、由香里は店員にレモンチェッロをふたつ追加で頼んだ。 「乾杯し直そう。ごめんね、変なこと言って」  由香里の笑顔を見て、万知も笑顔を作った。「変わった」由香里の言ったことばが胸に刺さっていた。  ――変わった? 私が?  自分では、どこか変わったつもりはない。確かに、高校生のままとはいかないから、年齢とともに変わってはいるだろう。 「私、変わったかな」 「そうね、少しだけ。結婚して、変わったと思う」 「おばさんぽくなった? 年も年だし、仕方ないけど」  由香里の顔が優しく緩んだ。 「万知は今も可愛いよ。でも、そうね、強いて言うなら、積極性がなくなった気がする」  積極性。万知は口の中で反芻した。昔から自分は積極的なほうだ。消極的な部分など、自分には見当たらない。 「私は常に積極的で、ポジティブなつもりなんだけど」  陽治に無理を言って、ハナアサギで働くことを許してもらった。食事に行くときも、食べたいものを積極的に言っている。洋服を買うときも家具を選ぶときも、ちゃんと自分の好みを主張している。  自然に眉間にしわが寄っていた。万知は慌てて顔を作ったが、訝しげな表情をしっかり見られたようだった。由香里は楽しそうに笑うと、真顔で万知に顔を寄せた。
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