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「ごめんごめん。そんな顔しないで。陽治さんに愚痴とかないの? 私なんて、これから結婚だっていうのに今から不満あるわよ」
同棲している彼ともうすぐ結婚すると、以前由香里と話した。
「靴下は丸めたまま洗濯機に突っ込むし、油でベトベトのお皿の上に茶碗を重ねるし。たたんだ洗濯物はうるさく言わないとしまってくれないし」
気苦労が絶えないのだろうか、「本当にいやになるわ」と由香里は大きく息を吐き出すと、きゅうりのスティックをバーニャカウダにつけて口に入れた。
陽治は、靴下を丸めて洗濯機には入れない。お皿はいつもきれいに洗ってあるし、そもそも、平日に夕食を共にすることはない。たたんだ洗濯物は、朝になればきれいにしまわれているし、休日は洗濯をして干して、万知の洋服もたたんでくれる。冬のコートの手入れも、カバンの手入れも陽治がしてくれる。
由香里の悩みが万知の瞳に輝いて映った。とても幸せな悩みだと、羨ましい気持ちで胸を締めつけられた。
「なんでこう、男って自分のことをやらないのかしら。私のこと、母親か家政婦さんと同じだと思ってるのかしら」
よほど由香里には耐え難いのだろう、語気が強くなった。
母親か家政婦。
万知は、陽治にとってなんなのだろう。母親とは思われていない。家政婦とも思われていない。
だったら、妻だと奥さんだと思ってくれている?
「陽治さんはどう?」
陽治は、万知をどう思っている?
――万知はそんなに俺が嫌い?
あの夜の声が頭の中に響いた。
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