8.不信

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「陽治は、優しいの。家事も手伝ってくれるし、私のことを気にかけてくれる」  陽治は常に万知を気遣ってくれる。一人では危ないと、夜の外出はなるべくしないように言われていた。 「陽治はね、私のことを一番に考えてくれてるの。そう、そうなのよ。だから、翔太くんと食事に行った夜にあんなに怒っていたんだ。私が心配をかけてしまったから」 「あんなに? 少し、怒っていたんだよね?」  訝しげに見る由香里の眼差しにも由香里のことばの端々に感じる疑念にも、万知は気づかないふりをした。 「そう、少しだよ。でも、あれは帰ってこない私を心配してだったから」 「あれ?」 「そうだよ。陽治は私をとても心配したから、だから」 「もしかして、万知、乱暴された?」  ひどく居心地の悪いことばに、万知は驚きを隠すことができなかった。目に力が入る。喉はカラカラだった。 「万知の言う樋口さんと食事に行った翌日、私が万知を気にしていたの、分かってたよね。あれ、なぜだと思う? 万知の首筋に痛々しいほどのキスマークがあったの。髪を下ろしていても、見えたのよ。それだけだったら、あんなに気にかけなかった」  きっと由香里も喉がカラカラだったのだろう。残り僅かなレモンチェッロを飲み干して、同じものをふたつと水をふたつ、店員に頼んだ。 キスマークなんて、気づかなかった。万知は首筋を思わず手で押さえた。体の中が、恥ずかしさのような怒りのような悲しみのような、変な気持ちで燃え上がりそうに熱かった。 「手首が赤かったの。誰かに強い力で握られたように赤かった」  万知は視線をテーブルの上の手首に移した。確かに、薄らと赤い。首筋を押さえた手で、薄らと赤い手首を押さえた。でも、押さえた手の手首も、やはり赤かった。
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