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悪戯にしたって酷すぎる。愛しいシアンに似ているぬいぐるみが、捨てられているだけで堪ったもんじゃないのに、その上破損されているとは。万知は絶句した。
「うちは雅知が平日いないと女だけでしょう。それなのに、怖いって言いながら薫ちゃんの帰りは遅いし」
母がまたブツブツと愚痴りだした。テレビに表示されている時刻を確認すると、なかなかいい時間だった。
「お母さん、私そろそろ用意しないと。シアン、外に出さないようにしてね。薫ちゃんにも言っておいて」
朝食の皿を重ねて立ち上がった。
「あと、お母さんも薫ちゃんも、変質者に気をつけてね」
通話を切って、残っていたコーヒーを飲み干した。万知は耳を切られた猫のぬいぐるみを想像して、粟立つ両腕を手で擦った。
たちの悪い恐ろしい悪戯は、誰がなんの目的で行ったのだろう。シアンを標的にしているのだろうか。それとも、違う何かなのか。
例えば、母であったり、雅知であったり、薫への嫌がらせだったりするのだろうか。万知の場合もあり得るかもしれない。
陽治の浮気相手が、陽治と万知を離婚させようと、遠回しに嫌がらせをしている可能性もある。
陽治と離婚。万知の呼吸が荒くなった。無理に決まっている。実家にも帰れないし、今さら一人で生活などできるわけがない。
「万知は俺のそばにいればいい」耳の中で、陽治の声が響いた。
「ブランクがあり過ぎて、万知に仕事は無理だよ」これは、パートで働きたいと訴えたとき言われたことばだ。
「万知は視野が狭いから一人で決めちゃダメだよ。いいかい、必ず俺に相談するんだ。俺といれば万知は幸せになれるよ」
そうだ、陽治といれば幸せだ。陽治に助けられないと、万知は何もできない。
だから、二人に離婚などあり得ない。
万知は大きく頷くと、窓の外に目を向けた。
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