1306人が本棚に入れています
本棚に追加
――万知はそんなに俺が嫌い?
嫌いなわけがない。大好きだし、心から愛している。だからこそ、耐えられなかった。万知はただ、愛されている実感がほしかった。でも、あの晩の一方的な行為には、愛が見当たらなかった。
「万知、もしかしたら陽治さんからハラスメントを受けてない?」
「ハラスメントなんて、そんな。これは、たまたまで暴力なんて……」
「暴力だけがハラスメントじゃないって、万知だって知ってるよね」
万知は何度も何度も、大きく首を横に振った。
モラルハラスメント。テレビや雑誌の中だけのことばだと思っていた。ハラスメントとは、広くいじめや嫌がらせのことをいうと、テレビで解説していた。陽治は優しい。嫌がらせもいじめも、ふたりの間にあるわけがない。
「モラルハラスメントってね、嫌味を言ったり強いことばで貶めたり、そういう威圧的なものばかりじゃないのよ。妻を支配しコントロールするために優しくすることもあるの」
由香里は、ひとことひとこと、まるで万知に言い含めるように、ゆっくりした口調で話した。
優しくするモラルハラスメント。万知はスマートフォンを出すと、モラルハラスメントを調べた。いくつかのサイトを斜め読みして、ホッと息をついた。
どのサイトにも、モラルハラスメントをする夫は、威嚇したり怒鳴ったり、妻を否定するようなことを言ったりと、身勝手な振る舞いが多いと書いてある。その上で、優しさを見せるのだ。いわゆる、飴と鞭なのだろう。
「飛躍しすぎだよ由香里。陽治は私を怒鳴ったり威嚇したりしないもん」
「陽治さんは、優しいだけ? 他に何かない?」
優しいだけではいけないのだろうか。他に何かないって、何があるというのだ。由香里のもの言いと、疑うような視線に、万知はとてもいやな気持ちになり、ムッとした表情を隠そうとしなかった。
「優しいだけじゃダメなの? 陽治はいつも私のことを考えてくれてるよ。私はひとりでは何もできないから、なんでも相談してって。由香里の店で働くことになったときも、ふたりで話し合って決めて、とても喜んでくれたし」
由香里の眉間がぴくりと動いたが、万知は気にしなかった。とにかく、陽治への疑いを晴らしたかった。
最初のコメントを投稿しよう!